72:陰キャをデートに誘った
<星架サイド>
今回の漫研騒動。
アタシのお尻に火をつけてくれたって点では、個人的には感謝だ。
横倉さんは自滅してくれた(ていうか康生に恋愛的な好意を持ってるワケじゃないと思う)けど、今後もしかしたら康生と趣味を同じくする子、或いは似たような創作活動をしてる子がライバルとして立った場合。非常に手強い相手になりえるということ。
康生もアタシと再会した頃の、殻に閉じこもりきった態度とはかなり違ってきてる。外の世界に目を向けるようになった。自惚れじゃなければ、それをもたらしたのは多分アタシだ。それ自体は良いことなんだろうけど、同時に新たな出会いはライバルを生むリスクもあるということ。
本当に大切なモノなら、ちゃんと掴んでないといけない。
うん。火がついたわ、マジで。ウカウカしてらんない。幸いなことに、特濃三塁打から守ってあげたことも更に心象をプラスにしただろうし、今が最高のタイミングだよね。
「ねえ、康生」
「はい?」
「えっとさ……テストも終わったじゃん?」
「はい」
「それで、夏休みまでの間、康生って何するんかなって……聞いてみたり」
「コンクールがあるんで、まずノブエルを完成させます。その後はベルのアレンジング、快気祝い、と星架さん関連のをやりますね」
「あ、そっか。それじゃあ、ちょっと忙しいんだ?」
「まあ多少は」
「そっかあ」
…………アタシのヘタレェェ!!
そっかあ、じゃねえんだよ。いけよ、アタシ。
けど断られそうなんだよ、今の流れだと。普通に相手が創作だと負けそうなんよ、優先順位。しかもノブエル以外は全部アタシ関連のをやってくれるって言うのに、邪魔したらアレじゃん。ただでさえアタシが遊びに誘いすぎて、時間ないから全然進んでないのに。まあ風邪とかテストとか不可抗力もあったけどさ。
「……」
気が付くと康生がアタシをジッと見てる。ちょっと寂しそうな、あの風邪の時にも見たような表情だ。え? なに?
「また創作が遅くなりますけど、その、星架さんとも遊びたいです」
恥ずかしいのか、アタシの視線を逃れるように斜め下を見ながら言ってくる。少しだけ頬が赤くなってるのが見えた。ぐうう。可愛い。
「そっかあ、星架さんと遊びたいのか~。かわうぃ~なあ、康生は」
軽く背伸びして頭を撫でる。柔らかく笑ってくれた。
「じゃあデートしよっか」
肩の力が抜けて、なんか自然と言えた。康生が先に勇気出してくれたから。
「デ、デート」
「前さ、アタシのせいでモール行った時、変な感じで終わったじゃん? アレのやり直し、お願いしたいんだよね。今度こそ……ちゃんとしたモールデート」
退路は自ら塞いだ。ママとデートとか、千佳とデートとか、そういうライトなニュアンスじゃないよ、と。そう自覚すると、また肩に力が入って、緊張してくる。ヤバい、声震えそう。
「当日は、お詫びも兼ねて、康生の好きなように周りたい。あとさ、服。明日アタシが載ってるファッション雑誌持ってくるから、その中から、康生が好きなコーデ選んで。それ着てくるから」
「え? え?」
畳み掛けるようなアタシについてこれてない康生。分かってるけど、一気に言わないとまたヘタレそうなんだよ。
「だから……康生にとってはケチのついた場所かも知れないけど、アタシともう一回、デートしてください!」
そこまで言ってガバッと頭を下げる。完全に声震えたわ。先に一緒に遊びたいって言ってくれたけど、それでも怖いんよ。デートはちょっと、とか言われたら立ち直れないんよ。お願い。断わらないで。
心臓バクバクさせながら、床を見つめて、審判を待つ。
果たして……
「……ぼ、僕で良ければ、こっちこそお願いします」
そう言いながら、康生の手がアタシの手を包む。え!? いきなり積極的すぎん!? 嬉しいけど! 嬉しいけど! と思ったら、いつの間にかアタシ、頭下げながら握手を求めるように手を出してたわ。恥ずかしすぎて無意識にどっかで見たポーズを真似てたっぽい。いや、それでもまさか手握ってくれるとか! 結婚じゃん! し、式場! 予約! ってかマジでデートのお誘い成功!? やった。やったよ、千佳。ぜってえリベンジして、クッソ楽しいデートにするし!
「あ、あの、そろそろ手を」
「あ! うん。あははは。顔あっつ。今日はもう帰るわ! 明日、雑誌持ってくるから! んじゃ!」
「あ、送って」
「いい! まだ5時前だし! サンキュー!」
てか今、一緒に歩いたらマジで恥ずか死してまうわ。
アタシは脱兎の如く逃げ出して、また心臓を痛めつけるのだった。




