71:陰キャが損してなかった
<星架サイド>
例のブツは(自分で持つのもイヤみたいだから)アタシがカバンに入れて康生の家まで戻った。横倉さんは何度も康生に謝って、なんとか仲直りしてたみたいだけど、やっぱり彼的には完全に元通りとはいかなさそう、とアタシにだけ漏らしてくれた。
嫌な女だなって自覚してるけど。そうやって本音をアタシにだけ言ってくれたのは優越感ハンパなかった。
それに同じやらかしでも、アタシの例の暴走に関しては、もう殆ど尾を引いてないみたいだし、やっぱアタシの方が確実に好感度は高い。まあ、怒鳴られるより腐海に沈む方がイヤなだけかも知れんが。
でも何にせよ良かったよ。これで康生が横倉さんを好きになったりするパターンは潰えたワケだし。彼女がもしライバルになってたら、ジャンルは違えど創作仲間。価値観の近い同士、かなり康生も気を許しただろうし、ホント危なかった。
しかしまあ「個人的に描いてる」とか言われた時はガチで焦ったけど、個人的の内容がアレとはね。いや他人の趣味にはとやかく言わんけどね。それでもアタシとしては康生にはストレートで居てもらわんと困る。
「火気も工場内は危ないですから、シュレッダーにかけましょう」
ショップの方に入り、従業員用の通路の先、簡易の事務所に着いた。そこの鍵も開けて、康生は中に入っていく。明菜さんがエアコンをつけっぱにしてたらしくて、中はメチャ涼しかった。
「母さんが戻ってくる前に、全て八つ裂きにします」
憎しみこもってんなあ。
アタシは例の封筒を用意し、口を開いて一枚目(表紙)を取り出す。そして康生がスイッチを入れたシュレッダーの飲み込み口に、そっと置いた。ガーッと駆動音がして、吸い込まれ細切れにされる特濃三塁打。
どうでも良いけど、シュレッダーにかけんの楽しいよね。調子乗って一気にいくと詰まるけど。
「康生もやる?」
「いえ。星架さんお願いします」
絵が見えるのがイヤなのか、そっぽ向いてる。帰り道に聞いた話だと、あの堀田先輩、どうもソッチ系の人っぽくて、康生は体育祭の時に体を触られるなどの被害に遭っていたそう。それであんなに野球部に拒絶反応を示してたワケか、と納得した。
「終わったよ」
最後の一枚も細切れに。
「ありがとうございます。本当に星架さんについてきてもらってて良かった。僕だけだったら、アレを見て動転したまま、説得もせずに奪い去って燃やしてたと思います」
そうなると遺恨が残っただろうな。しかし普段は大人しい康生が、奪い去って燃やすとか。
「やっぱり部活ってどうしても……狭い世界、自分たちの中だけで常識になってしまって感覚がマヒしてしまうっていうんでしょうか。僕も自戒です。武将たちが創作界隈では割と評判良いからって、その外側の人たちにまでウケると思ってしまってた節もあります」
まあ確かに、買いに来る人達は当然、武将が好きなのが前提だし、そういう人たちとしか触れ合ってないと偏るわな。けどアタシとか千佳とか、お客さん以外の人とも交流するようになって、康生も変わったんだろうな。
「まあ部活も、狭くて濃い人間関係だからこそ楽しそうってのもあるけどね。あの子ら、昨日テスト最終日に向けて景気づけに巻き寿司パーティーしたらしいよ。部室で」
「え!? そんなん持ち込んで良いんですか?」
「そりゃダメっしょ。でも楽しそうじゃん」
「てか、そんなん言ってましたっけ?」
「アンタが着替えに行ってる時に聞いたんだよ。なんか部室、酸っぱい匂いしね? って」
「……僕が気になりつつも聞けなかった事を、そんなにストレートに。流石は星架さん」
「ん? なんで聞きにくかったん?」
「いや、その……部員のうちの誰かの……」
ああ。体臭だと思ったんだ。
「優しいなあ、康生は」
異臭に気付いても、誰かの体臭だったら傷つけてしまうと思って黙ってたのに。更には資料の為に慣れない服着て慣れないポーズして。その報いが特濃三塁打じゃあ、流石の康生も怒るか。けど怒ってもなお、最後の気遣いは残していた、と。やっぱ優しい。
「まあ、みんな女の子ですからね。しかし結局は体臭じゃなかったワケだから、勝手に気を回しすぎてたっていうオチで。なんか損した気分です」
「損……そうでもないと思うけどね」
少なくともアタシの好感度はまた上がったし。