69:陰キャが描かれまくってた
<星架サイド>
「でね。浮田さんのあのシーン、ほら」
「ちょ、ちょ、ちょ! 横倉さんストップ!」
なおもネタバレを話そうとする横倉さんを康生が止めてくれた。ていうか、あのゲーム、中ボスとか居んのかよ。じゃあラスボスも居るんだよな。そこまで続けられるかっていう問題はあるけど、口実にして康生の家に行けるから手札としては残しておきたいよね。まあそのついでに楽しめたら儲けモンって程度だから、ネタバレ少々喰らったところで。少々喰らったところで……平気、平気。ちょっと萎えただけ。
康生が横倉さんに事情を話してくれる。たちまち横倉さんは顔を青くして、アタシに謝ってきた。
「ご、ごめんなさい。私、知らなくて。すいませんでした」
若干、怯えてる。あの体育祭でのキノコ焼殺事件からこっち、大人しめのクラスメイト達からは大体こんな感じの扱いなんよね。陽キャグループはよく殺ってくれたって感じなんだけど。アイツ、まあまあ嫌われてたんやね。
「ん。良いよ。まあしゃーない」
事故みたいなもんだ。
「それよりさ、折角だから描いてるとこ見せてよ」
わざわざ漫研まで来たんだし、康生が良い様にされないようにっていう目付だけで終わったら勿体無い。本職の技を見せてもらわないと。
「え? いや、下手糞なんで、溝口さんが満足いくような物はとてもとても」
「いや、アタシ別に専門家じゃないんだから」
三人の女子たちは顔を見合わせ、
「じゃ、じゃあ今から沓澤クンをデッサンしますから、後ろからどうぞ」
と代表の横倉さんが言ってくれた。漫研の三人は自分たちのイスに座り、アタシは立ち歩いて三人の絵を後ろから覗き込んで回る。ちなみに康生は当然、中央で棒立ち状態だ。だけど、時折リクエストに応えて、肩で風を切って歩く動作をしたり。キャラが分かったから、やりやすくなったんだろうね。
しかし、やっぱ割とガッチリしてるから、康生ああいう系も似合うんだな。サングラスで眠たげな目が隠れるのも大きいし。あとは自分に自信がついたら、堂々としてカッコよくなるんだろうけど。今はまだ着せられてる感は拭えない。
「次、サイドチェストお願いしま~す」
「サイ? え?」
漫研部員Bは完全に筋肉フェチだな。ちょくちょく二の腕に力こぶ作らせて、それを詳細に描いてる。血管の浮き上がった所まで……書き込みが凄いわ。
逆に漫研部員Aは康生を少し二次元チックにデフォルメして描いてる。最後、横倉さんは……おお、上手い。デッサンでよく見る、十字の線が入った所に顔の輪郭がついていって、手を加える度に康生の顔が出来上がっていく。鷲鼻に、薄い唇。目の部分はサングラスで覆っていく。
「だいぶ描き慣れてるね?」
小声で話しかける。
「沓澤クンは、結構描いてますから」
「え!?」
今とんでもないこと言われなかった? 慌ててアタシは康生を見るけど、Bに筋肉絡みされてて、聞こえてないみたいだ。
「あ、その。ちょっと個人的に描いてるっていうか。ああ、いや、何でもないです。忘れて下さい」
個人的に? 描いてる? え、嘘。マジで。これって、そういうこと? 伏兵……いや、康生が話す数少ない相手だし、むしろ順当な対抗馬か。いや、待って。混乱してる。本当に、ドラマとかじゃなくて現実にも恋のライバルとかあんの? いや、あるか、それは。だから落ち着けって、アタシ。
「どうしたんですか?」
康生がアタシらの様子が変なことに気付いて、ABに断ってこっちに歩いてくる。うわ、サングラスかけたガタイ良さめな兄ちゃんが早歩きしてくると、圧がだいぶあるな。
「う、ううん。えっと、ほら、横倉さんが凄い上手いからさ。それでアタシが絡みすぎちゃって」
アタシは咄嗟に嘘をついてしまう。
康生はサングラスをグッと上げて、ヘアバンドみたいに髪に乗せてしまう。そしてそのまま、イスに座る横倉さんの真横から絵を覗き込んだ。
「おお! 確かに」
康生が白い歯を見せて笑う。やるやん、みたいな気安さが感じられる。やっぱアタシより話しやすかったりすんのか? 敬語じゃないしさ。ダメだ、まあまあモヤモヤする。
「ここってどうなってんの?」
「ああ、腹斜筋ね。服で見えないから想像で」
それを聞くと康生は自分のタンクトップを捲り上げてしまって、脇腹を見せてしまった。
「こ、康生!?」
「流石にこんなに溝が出来るほど鍛えてる人はアスリートレベルだから、現実的なのはこれくらいだよ」
アタシの声が聞こえてないみたいで、ただただ真剣な目で絵を見てる。ああ、スイッチ入っちゃったのか。そしてそれを入れたのが横倉さん。その事実に、カッと胸の奥が熱くなる。嫉妬だ。分かってるけど止められない。
ズルいよ、モノ作ってる同士の共感とか、入り込めないじゃん。




