68:ギャルがネタバレされてた
漫研の部員は女の子ばかり(この三人と、あとは二年の先輩が一人で計四人らしい)で、こんなことを頼めるのは僕しか居なかったと。部室までの道中、切々と語られた。
そして到着。案内されて中に入ると、独特な匂いがした。星架さんの部屋はひたすら良い匂いだったけど……なんと言うか、酸っぱい感じ。ちらし寿司を食べた後みたいな。
そして汚い。部屋の真ん中に長机が二つくっつけて置いてあるんだけど、その上は物が散乱してて、読みかけのマンガも出しっぱなし。部屋を囲むように並ぶ本棚も、その中は整頓とは程遠く、ナンバリングが滅茶苦茶だ。褪色して背表紙が白くなってる本もチラホラ見られる。
「どう? ウチの部室は?」
「い、良い感じだね。でもインクの匂いとかしないから、意外だった」
まさか酢飯の匂いがするとは言えず、そんな感想を言った。
「テスト期間中は活動禁止で、勉強部屋になってたからねぇ」
なるほど。
「それって、今日は活動して大丈夫なの?」
「あー、あはは。テストは終わったから……」
乾いた笑いに、歯切れの悪い言葉尻。これ、本当はアカンね。
「ちょっと康生、大丈夫なん?」
星架さんが小声で聞いてくる。
「まあ、あの子たちが怒られても、僕らは部外者だし、知らなかったで通るでしょ」
いざという時、何かを切り捨てる強さも必要だよね。
で。早速、男子トイレで着替えることに。渡された紙袋の中を確認すると、黒のタンクトップの他に、何故か、暗い黄色がかったカラーサングラス、金色のチェーンがついたネックレスが入ってた。輩スタイルを強いられてる? もう深く考えるのは止めて、ヤケクソで全部つけてやった。
「お、おお」
部室に戻って女子四人に見せたところ、反応がそれだった。てかよくよく考えたら、ハーレム状態……だけどあんま嬉しくないんだよな。酢飯の匂いするし。
「……なんかワイルドじゃん。康生のクセに生意気だぞ」
星架さんがペチペチと脇腹を叩いてくる。腹筋も触られて、思わず身をよじる。
「くすぐったいですよ」
逃げるように背を丸めると、星架さんも諦めてくれた。
「二人、なんかメッチャ仲良いよね」
「もしかして?」
「いや、それは流石に」
よく聞こえないけど、三人娘たちがヒソヒソと話してる。星架さんはどこか満足げ。なんかハーレムどころか針のむしろ感。さっさと終わらせて帰ろう。
「それで……僕はどこに立てば良いの?」
「えっとじゃあ、机どかすから、中央に」
非力そうな女子三人が動こうとするけど、僕がさっさと持ち上げて、脇に寄せてしまう。物が乗ってたから少し重かったけど、僕一人で十分だった。
振り返ると、全員こっちを凝視してた。慣れないサングラス越しだから、正確には分かんないけど、感心してるように見える。「なに?」と聞く前に、
「やっぱ筋肉だな」
と星架さんが頷きながら言って、他の三人もつられて大きく頷いた。
「次は筋肉の収縮を撮るぞ。カメラ用意」
「イエスマム」
漫研の二人が微妙にサムイやり取りをして、うち一人が部屋の壁際の棚からデジカメを取ってくる。野球部といい、カメラでロクでもないモン撮る部活ばっかりだな。
渋々だけど準備を待ってあげてから、もう一つの机を持ち上げる。こっちのがチョット重い。と、反対側から星架さんも持ち上げてくれた。おお、楽だ。やっぱ優しいな、星架さんは。
そんな僕らを余所に、近づいて撮影を続ける漫研部員B。進行方向に立たないで。
「おほほ~、上腕二頭筋」
ちょっとは星架さんを見習おうか。そんなだから名前を思い出そうという気も起きないんだよなあ。まあ頑張ったところで思い出せそうにないけどさ。対面の星架さんも若干イラっとしたみたいで、眉をひそめてる。
僕はグラサンを上げて、抑えるようにアイコンタクト。まあ宮坂みたいに悪気があるワケじゃないと思う。単純に興奮して周りが見えなくなってるだけというか。
何はともあれ、部屋の中央が空いたので、僕はそこで彫像のように棒立ちした。
「これで良いの?」
「うん。ありがとう。ポーズとかも取って貰えると、なお良い」
横倉さんの注文。ポーズって言ったって。
「そもそも何を描く気なの? 筋肉キャラ?」
ある程度キャラクター性を示してもらわないと。
「あ、そっか、言ってなかったね。いま私たち、おいこめっ! どうかつの森っていうゲームに出てくる、ストーリーモードの中ボス、超武闘派構成員の浮田さんの同人を描いてるんだよ」
あー、なるほど。確かにこんな格好だったな、浮田さん……って、あ!
僕は慌てて星架さんを見る。信じられないレベルの不意打ちでネタバレを食らった彼女は……口が半開き。左の眉が下がって悲し気で、右の眉が少し吊り上がって怒気が滲んでる。すごい。阿修羅像みたいになってる。