67:陰キャが拝まれてた
教室のそこかしこで「終わったあ~」という達成感と解放感のこもった声が上がる。
期末試験の全日程が、今まさに終わったのだ。
「こらぁ。答案の回収が終わるまでは私語厳禁だぞ!」
担任の太田先生に注意されて、みんなも渋々口をつぐんだ。けど、コソコソと友達同士で目配せし合うクラスメイトたち。みんな帰りの寄り道が待ちきれない様子だ。
「はい。それじゃあ、今日はここまで。みんなお疲れ様」
ドッと話し声の濁流が教室内に響き渡る。はぁ、終わった終わった。帰ったらノブエルの製作を進めよう。並行してベルのアレンジ創作の方も。
いや、もしかしたら星架さんがまたどこかに誘ってくれるかも。僕は彼女の席の方に視線を向けようとして、
「沓澤くん」
隣の席の横倉さんから名前を呼ばれた。見れば彼女の周りに眼鏡の女子が二人居る。横倉さんも眼鏡だから、三姉妹みたいだ。
「えっと?」
「あのね、私たち全員、漫研なんだけどさ」
「う、うん」
「ちょっとお願いがあって」
「部活はやらないことにしてるから……」
何となく面倒くさそうな雰囲気を感じて、早めに切り上げようとする。けど。
「あ、入部の勧誘じゃなくてね。絵のモデルになって欲しいんだ」
「モデル!?」
僕は驚いて少し大きな声を出してしまう。こっちに向かってきていた本物のモデルさんが顔をしかめているのが見えた。
<星架サイド>
実はアタシにはリベンジを期している事が一つあった。
あの時のモールデートだ。まあリベンジって言うか、アタシの身勝手で反則ノーゲームになったみたいなモンだけど。
康生とまた十分に仲良くなって、誘っても気まずくならなそうなタイミングで切り出そうと考えてた。そして、アルバムの件で、アタシのやらかしすら康生は優しく受け止めてくれてるって知って。今度こそ良いデートにして楽しい時間を過ごしてもらいたいって改めて強く思ったんだ。
それに、スキンシップ作戦もハプニングの神様によって大きな成果を上げたし、意識もまだバッチリしてくれてる。テストも終わって時間も出来たし、絶好の機会じゃなかろうかと。
で、意を決して誘いに行こうとしたところで、この有り様。なんだこの泥棒メガネは。いや、知ってるけどね。たまに康生と話してる隣の席の子。アタシが学校で絡めなかった時、彼に普通に話しかけてるのを羨ましく見てたし。
「えっと。モデルって僕なんかに務まるとは」
取り敢えず康生は先に横倉さんの話を片付けようと考えたみたい。まあ先約だもんね。後回しにされたことを焦ったりしてない。大丈夫、大丈夫。アタシは大人。
「大丈夫なんだよ! 男性の体を描きたいだけだから。主に筋肉!」
康生は明らかに困惑してる。断れ、断れ。康生の筋肉はアタシのモンだ。
「えっと。それって裸になったりするってこと?」
「いや、腕だけとかでも。あと部室に、男性用のタンクトップがあるから、それ着てもらっても」
「なんでそんな物があるの……」
康生は引き気味。まあ消極的な彼なら断るだろうな、とアタシが勝利を確信しかけた時、
「お願い! どうしても描きたいものがあるの! 作りたい本があるの!」
横倉さんたちの泣き落とし。あ、これはマズイ。案の定、押しに弱い康生は顎をつまんで、再考に入った。三姉妹がパンと柏手を打って彼を拝む。
ああ、ダメだろうな。アタシがそう悟るのと同時、康生は大きく息を吐いた。
「……わかったよ。タンクトップを着て、二の腕を見せれば良いんだね?」
眼鏡シスターズは大喜び。ありがとう、ありがとう、と繰り返し康生にお礼を言ってる。
ぐぬぬ。自分も創作活動してる康生にとって「作りたい」は最高の殺し文句になっちゃうんだろうな。ちくしょう、アタシの筋肉が晒されてしまう。
けどせめて。
「ねえ、アタシも見学しに行っていい?」
食い込んでいく。ヨワヨワ康生だけ行かせたら、あれよあれよと身ぐるみ剥がされるのが目に見えてるし。
「え!? み、溝口さんも?」
三人ともすげえビックリしてる。とても漫研に興味を示すタイプには見えないんだろな。一応アニメよく観てた時期はあるんだけど。
「星架さん……!」
康生が飼い主を見つけた仔猫のような顔でアタシを見上げてくる。請けたはいいけど、アウェイに一人で行くのが不安だったんだろうな。
つまりアタシは味方も味方、一緒に居ると心強いとまで思われてるワケだ。背中に回した左手でガッツポーズ。
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑うから、思わず頭を撫でる。ニコニコして大人しく撫でられてくれる。やっべ。鼻血出そう。