63:陰キャの視線が気になる
<星架サイド>
次の休み時間のことだった。珍しく千佳の方から康生の話があるみたいで、再び女子トイレへ。
「アンタ、さっき何したん?」
「ん?」
いや、さっぱり要領を得ん。何の話だ。
「さっき、ほっぺにキスでもしたん?」
「ほあ!? キ、キス!? なんでそんな……」
ああ、さっきの耳打ち。千佳からは角度的にそんな風にも見えるか。
「いきなりほっぺに顔寄せるから、見てた奴等は皆ビビってたからな?」
「え!? うそ!? 見られてないか確認したのに!」
「いや、アホだろ。教室に何人いると思ってんだよ。前後左右キョロキョロしてたら、何かなって逆に見るだろ」
うがあ。しまったぁ。よし大丈夫、と思った後から見られてたんか。つか教室で内緒話しようってのが間違いか。
「んで、アレは結局、何やったん?」
「いや、普通に耳打ちしただけ」
「ん~?」
千佳は何故か納得いってない表情。
「いやさ、クッツー真っ赤だったから、絶対ほっぺにブチかましたんだと思ったけど……ホントにただの内緒話か?」
「うん。帰りに部屋寄っていい? って」
「お、おう。それを不意打ち気味に耳元で」
不意打ちしたつもりはないんだけどなあ。康生ビックリしたんかな。
「なるほどなぁ。思春期だもんなあ」
「どゆことやねん」
「ああ、ウブな星架ちゃんには分からんかぁ」
「んだよ。アンタだって処女のクセに」
「うるせ。つまりだな……」
今度は千佳がアタシの耳元に口を寄せてきて。
「教室の真ん中で、こっそりエッチなお誘いするシチュエーションを連想させる、みたいな」
瞬間、アタシは脳天ぶっ叩かれたみたいな衝撃が走る。え!? は!? エッチ!?
「な、な、なんで? なんでそんなことに!?」
千佳に訊ねながら、同時に自分の言葉を反芻してみる。確かに、勉強会って単語を出さないで、しかも甘えた声で言っちゃったし、しかも耳打ち。
「う、うぁぁぁぁ……」
頭を抱えてしまう。千佳はケラケラ笑ってやがる。他人事だと思って、テメエ。
「いやぁ、登下校中の軽いスキンシップは効果ないってボヤいてたけど、意図的にやらん方がアンタの場合、クリティカル出るんかもね」
「それはちょっとエッチなのを連想させてドギマギさせるって感じか? ち、痴女みたいに思われたら……」
「いや、だから意図したら変になるから、上手いこと天然で」
「天然が狙って出せたら、それもう天然じゃねえんよ」
確かに、と千佳は笑って、
「まあ一緒に居る時間を増やせば、自然とそういうシーンも増えるだろ。ハプニングの神様に祈っといてやるからさ」
なんて無責任な言葉で〆た。
放課後。約束通り沓澤家にお邪魔したワケだけど……妙に康生の視線が気になる。今までも極々たまにアタシの胸や太ももをチラ見することはあったんだけど、今日は下校中に2回も見られてた。マ、マジで意識されてんのか。女として。
普通に部屋上がっちゃったけど、大丈夫なん? まさか今日? 大人になるとかないよね? 友達認定はまだだけど、それは友達としてじゃなくて恋人として付き合いたいからとか。そんな都合の良い展開があったりなかったりして……いや、落ち着こ? マジで。
「毎回ライチばっかりじゃ体に悪いんで、今日は紅茶にしました」
「それ康生が好きなだけでしょ」
いっつも飲んでるもんな。「死後の紅茶」の無糖ストレート。
ハハハ、と笑いながら康生はテーブルに二人分のグラスを置いた。
康生は……やっぱりちょっと意識してくれてるっぽくて、なるべくアタシの顔以外を見ないようにしてる雰囲気だった。アタシとしては……他の男のそういう視線は気持ち悪いだけなんだけど、康生のは全然イヤじゃないっていうか。第一、付き合ったら、そういう営みも必要になるワケだし。うわあ、アタシ上手く出来るんかな。想像もつかないんだけど。
でもそう。ここまで考えてみても、嫌だとか気持ち悪いって感情は微塵も湧いてこない。いや、実際に裸を見せたり、見せられたりしたら、もっと冷静じゃいられなくなるんだろうけど、それでもやっぱ嫌悪感、忌避感は生まれないと確信できる。
つか裸って言えば……こないだゲリラ豪雨の後、康生の裸見ちゃったんだよね。あの胸板に抱き締められたりしたら……うわ、うわ。ヤバ。心臓バクバクしてきた。
「……かさん。星架さん」
「え!? ひゃ、ひゃい!」
「勉強……しないんですか?」
「保健体育の!?」
「いや保体は2日目だから、数学からしましょう? ね?」
「あ、はい」