62:ギャルが天然小悪魔だった
7月に入った。
5、6月の頃に予感した通り、今年は猛暑だ。僕が風邪ひいてた時の体温みたいな気温が各地で速報され、我らが沢見川でも既に熱中症で緊急搬送された人も居るとか。
まあつまり何が言いたいかと言うと。
「星架さん、暑いです」
僕の小型扇風機のおこぼれに与ろうと、星架さんは僕の二の腕にピタリと肩を当ててくっついてる状態。いくらこっちから登校してる人はウチのクラスには居ないからって。当然、学生以外の通行人には見られるんだから、中々に恥ずかしい。
「そう? 康生の扇風機、割と馬力あるから、良い感じだけどな」
遠回しに言ってみても、こんな感じ。暑い上に恥ずかしくて、顔に熱が集まるもんだから、だいぶ湯立ってる。
「て言うか、携帯扇風機くらい安いんですから買いましょうよ」
「いやぁ、今お財布ピンチでさ。ほら、康生の作品も買ったじゃん? あ、後悔してるワケじゃないからね? ぬいマジで可愛いし」
それを言われると弱いなあ。ん? でも月末過ぎたんだから、給料日も当然過ぎてるワケで。
「お小遣いとかは? 25日じゃないんですか?」
「あ、いや、も、貰ってないから……ほとんど」
「バイト代とか、ユルチューブの収益とかも、もうないんですか?」
「それは、えっと、まあ。女は金がかかるんよ。メイクとか服とか」
何か怪しいな。しどろもどろと言うか。そもそも自転車代もママに請求するとか言ってたのに、たかが携帯扇風機代くらい、貰えないハズないんだけど。
僕の勘違いじゃなかったら、星架さん、少しずつ僕へのスキンシップを増やしていってる感じなんだよな。
その心は、たぶん僕が今一歩、心を開ききってないから。友達だって堂々と認められてないから。
たまに洞口さんに抱きついたりしてるし、多分、生来は友達には甘えるタイプなんじゃないかと。だから、彼女なりの距離の詰め方というか。警戒心の強い猫のガードを緩めようと、優しく撫でる感じかな。色々と気を揉ませてるみたいだ。
ごめんね、星架さん。
僕は扇風機を少しだけ彼女の方に傾けておいた。
朝のホームルームでいよいよ明日から期末試験が始まる旨を通知される。気が重い。僕は風邪ひいちゃってた分もあるし、星架さんには申し訳ないけど依頼品の製作も中断して(二つ返事で了承してくれた)遅れを取り戻すべく勉強したけど……正直、自信はない。
休み時間。
製図ノートの代わりに単語帳を開いて、赤いシートで赤文字を隠す。うう、英語は一番苦手だ。たまに海外のお客さんも来るから、僕には必要ないとか思ってるワケじゃないけど。
「頑張ってるねぇ、沓澤クン」
声に振り返ると、星架さんだった。最近はもう普通に話し掛けてくる。僕は用がある時に少しずつのつもりだったんだけど。
ただ一応はグループの他のメンバーと話し飽きたくらいのタイミングで上手く距離を計りながら(朝のようなスキンシップはしない)話し掛けてくるので、バランス感覚は良い感じではあるんだけど。
「英語は2日目じゃなかったっけ? どんだけ苦手なんよ」
星架さんが苦笑い。登下校の時に当然テストの話もしてるし、苦手、得意科目も知られてる。
「溝口さんは数学ですか」
「うぐ。そうなんよね。初っぱなだし」
1日目1限が数学だ。そして星架さんの苦手科目となる。つまり彼女は文系、僕は理系ということ。
星架さんは周りをキョロキョロして、誰も見てないことを確認すると、僕の耳元に唇を近付けた。内緒話かと僕も聞き漏らさないように耳をそばだてる。そこに、ちょっと甘えたような声で、
「帰りさぁ、康生の部屋、寄っていい?」
なんて言葉が放たれた。
耳にかかる吐息に、胸の奥が、かあっと熱くなる。セリフ回しも絶妙すぎて、つい変な妄想が迸りそうになった。落ち着け思春期。こんな美人さんが僕みたいな平凡顔の陰キャを、そんな相手に選ぶワケないから。
「どうかした?」
「あ、いえ」
当の星架さんはキョトンとしてる。やっぱりホントに男の心理が分かってないんだな。
「ほんでどうなん?」
星架さんが重ねて聞いてくる。
まあ何てことはない。プチ勉強会の話だ。お互いの苦手科目と得意科目が凸凹になってるんだから、教え合いましょうという自然な流れ。既に2回ほど開催されてたりする。その3回目をテスト直前にどうかというお誘いだ。
断る理由もないので頷く。
「はい。ラストスパート行きましょうか」
放課後が少しだけ待ち遠しくなった。