59:陰キャが猫みたいだった
<星架サイド>
沓澤家をお暇して、駅まで千佳を送る。そろそろ時間的に警察の見廻りも厳しくなってるだろうし、小雨も降ってきたしで、ニケツは無し。二人並んで歩いてる。
「千佳ぁ、どうするよ? アタシの好きな人、マジで優しいんだけど?」
「どうもしねえよ。まあでも良かったな。前向きに上手くアンタと付き合おうとしてくれてる。けど本人も言ってたけど、怒られないようにって緊張感もゼロじゃなかったらしいからな。そこ完全になくすには、やっぱ信用を積み重ねてくしかないだろな」
「うん。そこは、そうだね」
もう過去は変えられない。だから、これから。
「しかし恋愛方面は……ちょっと掴み所ないよな、クッツー」
「うん、アタシも大してアプローチできてないしなぁ」
今の関係も居心地良すぎてさ、壊すかもって思ったら踏み込むのが怖すぎる。つかフラれたらマジどうやって耐えれば良いか想像もつかん。
よくドラマとか観てて、気持ち決まりきってんのに、いつまで経ってもグダグタ告白しない登場人物にイライラしてたけど、ガチ恋して初めて分かったわ。そりゃそうなるよ。
「まあでも手繋ぎ返してくれてたじゃん?」
「うん、まあ。こういうの繰り返してたら意識してくれるかな?」
「ちょっと地道すぎる気もするけどなぁ。まあ今んとこライバルの影もないんなら、ジワジワいくのも手かもな」
一瞬、メグルくんの顔が浮かんだけど、いや流石に。地道に一歩一歩でも大丈夫なハズ。でも今日みたいに気持ち高まりすぎて止まれない時もまた来そうな気がする。そん時にまた暴走しないように気を付けよう。
「何にせよ今日はマジ助かった。自然に話せたのは千佳のおかげ。何度かアシストもしてくれてサンキューね」
「ん。気にすんな。つかウチいなくても、チャリエルとかツッコミ入れざるを得んし、そうこうしてるうちに普通に話せてた気もするけどな」
ああ、アレなぁ。朝から夕方までの製作時間でようもあんなに進めてるよな。技術もさることながら、物凄い集中力だ。
「まあとにかく、あんがと。また明日」
「おう。明日はクッツーも来るだろうし、頑張れよ」
そこでちょうど駅に着き、千佳と手を振り合った。
翌朝、康生も無事に復帰。二人で登校した。昨日のうちに貸しておいたノートは、写し終えたみたいで、お礼と一緒に返ってきた。
少しズラして教室に入る。すると、康生の傍に何人かクラスメイトが集まってきた。風邪の心配と、土曜日の三塁打の話も男子はしてるみたいだ。珍しい光景だけど、康生にもアタシ以外の友達が出来るのは良いことだ。良い……ことだ。
「星架、顔ひん曲がってんぞ?」
千佳に指摘されるまでもない。自覚してる。嫉妬してんだ。女子も何人か話しかけてるし。マズイ、康生の面白さがバレたらライバルが。と思ったら、康生は淡々と話してる感じで、クラスメイトたちも何となく肩透かしを食らったような顔で自分の席に戻っていく。
嬉しいとか思ったアタシは酷いヤツだ。彼の世界が広がるチャンスだったのに、それが潰えて、アタシ以外に懐かない所を見て、アドレナリンが出まくってる。
その人はアタシのだから。面白い感性も、優しい笑顔も、アタシにしか見せないから。話しかけたって無駄だよ。
……いや、アタシ、キモ。彼女ヅラ通り越して、ヤンデレかよ。
「星架、顔うるせえぞ?」
分かってるってば。
昼休み。
また外へ行こうか迷う。流石にそろそろ倒れるレベルで暑いしな。とか思ってたら、不意に康生がイスを引き、お弁当の包みともう一つ巾着袋を持つと、教室の外へ出て行った。いつもは自分の席で黙々と食べてるのに、今日はどうしたんだろ。
アタシと千佳は顔を見合わせて……お弁当持って、取り敢えず追いかけてみることにした。
廊下を出ると、少し先で康生がこちらを見ていた。アタシたちが追いかけると、クルッと背を向けて歩き出し、少し進んでは振り返って、アタシたちの姿を確認して、また歩き出す。ついて来いってことらしい。
「いや、レインしろよ。なんでホントは喋れる黒猫みたいなムーブしてくるんだよ」
千佳のツッコミが聞こえたみたいで、康生はポケットからスマホを取り出してセカセカ指を動かしてる。すぐにアタシのスマホが震える。つか冷静に考えたら、この距離でレインってのもおかしいけどな。
『一緒にお昼たべましょう』
画面から顔を上げると、康生はお弁当の包みをピコピコ小さく上下させてアピールしてた。