56:陰キャが回復してた
<星架サイド>
今日も6限までの授業をキッチリ受けて、自転車置き場へ。千佳は電車通学で駅まで徒歩だから、アタシのチャリだけ。押して行って校門をくぐったら、カバンの中を漁って前のチャリの時にも使ってた小汚いステップを取り出す。後輪のハブに取り付けて、千佳を乗っける。漕ぎ出すと自然と力が入っていった。
「そんな急がんでもいいだろ。昨日も行ったんっしょ?」
「なんか、さっきからレインの返事がねえんだわ。熱がぶり返してんのかも」
「仮にそうでもウチらが急いで駆けつけたって何も出来んけどな」
「そりゃそうだけどさ」
それでも心配だから傍に行きたいって思うのは普通っていうか。あと最悪、今日は誰もご家族が居ないかも知れんし。サムバディサムバディ言うてるかも知れん。
5分くらいで製作所に到着。向かいのショップが閉まってるのが見えた。
「あ」
そっか、今日は水曜だから定休日で明菜さんが家に居るのか。あはは~忘れてたわ。千佳には黙っとこ。
家屋のチャイムを押すと、案の定、その明菜さんが応対してくれて、リビングに通された。
「あ! 今日急いで来たから、その」
手ぶらだった。
「良いんですよ~そんなの気にしなくて。来てくれるだけで嬉しいんだから。しかも今日はもうお一人!」
「どもっす。星架の友達で洞口千佳って言います。康生クンの……友達? クラスメイト? そんな感じっす」
アタシが言うのもなんだけど、相変わらず物怖じってモンを知らないな。まあでも、こんだけ正直だと、ちょっとした知り合いが、アタシに連れて来られたって事情まで筒抜けだろな。
「星架さんが声かけてくれたのかしら? わざわざありがとうございます」
やっぱ察してくれたみたいで、それでも来てくれたこと自体にお礼を言う明菜さん。
「沓澤クンの具合はどうですか?」
「熱はもう下がったみたいですね。朝は微熱で、今は6度台まで下がってますから」
ああ、良かった。ただの風邪なのに、アタシ自身、闘病生活してた時期もあったせいで、過敏になってるのは自覚してるけど。まあ、何にせよ良かった。
「今はまたワケの分からないモノ作ってるわ」
「お母さん、流石にワケわからんは、酷いっしょ」
千佳が笑いながら康生を援護してる。
「ふふ。取り敢えず、あの子も元気だから会っていってあげて下さい」
そう言って、二階まで案内してくれる。ノックでは返事がなくて、明菜さんが声を掛けてようやく返事があった。
「もう……また集中しすぎて周りの音が聞こえなくなってる」
明菜さんが愚痴りながら、ドアを開けた。そしてアタシたちを通した後、自分は階下に戻っていく。
「すぐにお茶、持ってきますからね」
「あ、お構いなく」
定番のやり取りをしてる間に、千佳が先に部屋に入った。
「おお、すげえ。工作道具が山ほどある!」
「え? ああ、洞口さん」
「おっす。おひさ」
アタシも中に入って軽く挨拶。今日も来てくれたんですね、と嬉しそうに笑ってくれた。この笑顔が見れるんなら、ちょっと寄り道するくらいワケないんだよなあ。
と、そこで康生が今まさに作りかけてる物に目がいく。自転車のベルが貝殻みたいに半開きの状態で固定されてて、そこから金色の帯みたいなのが直線状に伸びてる。そして信長と、もう一体、女性らしき物を粘土で造形中みたいだ。
「これは?」
千佳が訊ねる。
「車輪天使チャリエルと織田信長がニケツで天から沢見川に降臨する場面です」
「ホントにワケわからんモン作ってんじゃねえよ!?」
「わ、ビックリした。ワケはわかるでしょ。僕が一昨日の晩に見た夢ですよ」
「風邪の時に見る変な夢をそのまま再現しちゃったのかよ。いや、それにしても、変とか通り越してるレベルだけどな」
千佳が意外とツッコミ頑張ってくれるおかげで、アタシの方は、康生の手元を注視できていた。
「その女の人……」
「チャリエルです」
「いや、名前はどうでも良いんだよ。その銀髪……」
「あ、そうですね。多分、星架さんが夢に出てきたパターンだと思います」
千佳もアタシもビックリして、目を見開く。そんなアッサリ認めるの? あ、アタシを夢にまで見るって、そんなんもう、結婚じゃん。
「こっちの轢き殺されるキノコは宮坂で、信長と乗ってるチャリは星架さんと一緒に買いに行ったスターブリッジ号ですね」
なんか変な名前つけられてるし。
「最近の出来事が集約されたような夢でした」
ああ、そういう認識か。アタシだけ特別とかじゃなくて、単純に絡みが多かった人や物が、夢にも出てきたっていう。
「どうですか? このまま作って大丈夫ですか?」
「うん、却下で」




