55:ギャルの本音を推し量る
ふ、と目が覚めると朝の9時過ぎだった。ああ、そっか。今日も学校休んじゃったのか。なんか数ヶ月前に戻った気分だ。
布団の中でもう一度目をつぶってみたけど、眠気は全然ないみたいだ。枕元の体温計を取って、脇に挟む。電子音が鳴って取り出すと、37度2分まで熱が下がってた。
体も軽い。今からでも学校行こうかな。でもまだ微熱あるしな。それに、何か作りたい欲がヤバい。こっちが優先かな。
スマホを見ると、レインのメッセージ。星架さんからで、今日も学校帰りに寄ってくれるそう。
「そうだ。ベルで何か」
今は星架さん関連しか創作は請け負ってない。いや、そういう事情抜きでも、今、一番作りたい物は彼女が喜んでくれる物だ。
僕は少しフラつきながらも、一階に降りた。母さんがリビングでテレビを観てた。そっか、今日は水曜だからショップが休みか。
「あら? もう起きて大丈夫なの?」
「うん。7度2分まで下がったし」
それを聞いて母さんはホッとした表情。
「ちょっと外の空気吸ってくる。敷地からは出ないから」
僕はそう言って玄関を出た。工場の脇に置いてる工具箱を拾って、駐輪場へ。星架さんの古い自転車、そのハンドルに取り付けられたベルをサクッと外す。
「よし」
今日は生憎の曇り模様。鼻を鳴らすと、微かに雨の匂いもする。放課後あたり、雨が降ってるようなら、無理しないでって星架さんにレインしとこうかな。
「あ、ヒキガエル」
梅雨だもんなあ。ちょっと試しに追いかけてやる。しかしピョンピョンと立て続けに跳躍され、すぐさま引き離された。家の外まで追い回したけど、最後は側溝に飛び込まれてロスト。
「はあ、はあ。僕は一体何をやってるんだ」
虚しくなって、家の中に戻った。
そして自室で、ベルの分解にかかる。あんまマジマジと見たことなかったけど、こうなってるのか。
まず上の蓋は簡単に外れた。底部側には当然、鐘を鳴らす機構が嵌め込まれてるワケだが……どうしたもんかな。これまで外しちゃうと音鳴らなくなるし、ベルって分かりにくいかも。まあ構造自体は簡単だから、外した後でもすぐ組み立てられるし、取り敢えずやっとくか。
軸部から歯車やレバー部分を取り外していく。これで蓋の上下ともスッキリした。この中にミニチュアを入れるなりすればインテリアになりそうだ。ここに星架さん本人を模した小さなフィギュアと柴犬の造形物を入れて戯れてる構図なんかアリかも。それなら無難に喜んでくれるだろう。僕は早速、ラフ図を描き始める。
だけど、そこで手がピタリと止まった。
「それで良いのかな」
無難に。冒険もせず、安定を取って、それで良いのかな。
僕は星架さんの言葉を思い出す。宮坂に言った「戦国武将とかメッチャ面白い」という言葉。アレが彼女の本心だとすると、いつも憎まれ口ばかり叩いてるけど、本当は武将が欲しいんじゃないか。或いは、一番最初に僕が信長を見せた時、SNSにあげないでと言ったばかりに、彼女に心理的制限を掛けてしまった可能性もある。ツイスタで共有できないなら要らないや、と。
今となっては、星架さんがプライベートアカに、或いは仕事アカでも、僕と特定されない範囲なら、画像をアップしても嫌じゃない。僕自身が前向きになれ始めているのを自覚してるし、星架さんならラインは超えないと信じられるようになったから。ていうか前向きになれてきてるのも、彼女のおかげだ。
その彼女が本当は自分も武将を良いと思ってて、けど僕に遠慮して、その気持ちを抑圧してるなら……もういいよ大丈夫、と言ってあげなくちゃ。
「そのキッカケになるような物」
頭に浮かぶのは一昨日の夢。今になって思えば天啓だったのかも知れない。
「チャリエルと織田のおっさん」
星架さんにクリソツの車輪天使と、戦国時代の代名詞みたいな武将のタッグ。これ以上ないだろう。
そうと決まると僕の頭の中は冴えわたった。
まずプラ板を用意して、裏面に直線を引いていく。線に沿ってカッターで切りだし、そのプラに金色の着色とラメを乗せる。天から沢見川に繋がるスロープだ。
轢き殺されるキノコはどうしよう? そうだ、自転車のタイヤのバルブキャップに使われてるゴム。アレを芯に入れて、フィギュア用の粘土で造形したら良いんじゃないか。
スターブリッジ号は流石にミニチュアを買おうか。じゃあ後はチャリエルと、信長公を作れば……
こうして僕は時間も忘れて工作に没頭していった。