54:陰キャを想ってヘラる
<星架サイド>
今月の初め頃。切羽詰まったような様子でアルバムの写真を見ていたという康生。明菜さんが感じた強迫観念ってのは……
「アタシ、だよね」
いきなり怒られたから。怒られた原因は分かったけど、今度は「また覚えてない」でアタシに怒られたくないから。
「泣きそう」
自分の部屋のベッドに仰向けになったまんま、蛍光灯の白がジワッとにじむ。いや、泣きたいのは康生の方か。こんな理不尽女に好かれたせいで、要らん苦労をしょいこんで。
「はあ~」
自転車まで引き取ってやったら、一緒に風邪まで引き取っちゃって。踏んだり蹴ったりだろ。アタシという疫病神が……ああ、もう。メンヘラってきてるの自分でも分かってんのに全然止まんない。
「マイナスかあ」
千佳が前に言ってた、まずはマイナスを原点に戻すところからってヤツ。
いやさ、基本的には絶対マイナス域は脱したと思うんよ。仕事もいくつか頼んで、キッチリ良いもの仕上げてくれるから、こっちも気持ちよく対価を支払えてるし。そういう信頼関係は築けてると思う。登下校も一緒で色んなこと話すから、気も許してきてくれてると思う。最近はアタシのプライベートアカも見てくれるようになったし。
あ、でも笑顔の裏で、またアタシの地雷踏まないかビクビクしてたんだとしたら。それに気付かないで仲良くなった気でいたアホピエロの一丁あがりってことか。あははは。はあ~あ……またヘラってきてるわ。
過去のアタシさぁ、もうちょっと感情抑えようぜ、マジで。とは思うんだけど……それでも追っかけて来てくれた事、少ない交流の中でもアタシの内面を見ててくれて、褒めてくれた事。ここら辺も今や大事な思い出になってるんだよな。
でもこれ全部アタシの都合。向こうからすると、与えてばっか。しかも不公平のツケまで、康生が支払ってるような状態。こういう関係は長続きしない。近くで見てよく知ってるし。
何とかしなきゃ。千佳大明神様に相談をお願いすべくレインのメッセージを打った。
翌日の昼休み。ちなみに康生は今日も大事を取ってお休み。変わらずにレインが来たことに半泣きで喜んでしまった。まだ嫌われてはない。今のうちに手を打てば、間に合うから。
「……うーん、人の心って難しいよな」
洗いざらい話した後の、千佳の第一声がそれ。
「謝って許してもらって、それで全部元通りとはいかない。沓澤クンとしても怒ったり、根に持ってるワケじゃないんだけどな」
「うん、それはそう思う」
「ただ相手の地雷が分かってる以上、対策はしとこうって話で。まあそれが心理的負担になってる可能性は、確かにあるだろうな。簡単に言うと一緒に居て心休まらない?」
ぐはっ。
「これだと、登下校で話すくらいの友達なら、別に気をつけておけば問題なく付き合えるけど、それ以上に時間を重ねるってなると、しんどそうではあるよな」
「はい」
「ちょうど、ウチらと莉亜の関係って所か」
「あー、そうかも」
莉亜も良いヤツではあるんだけど、中三からの付き合いで日も浅いし、何よりやっぱ男女の付き合いに関する考え方、価値観が合わないんよね。嫌な所が見えるとすぐにフッて新しい男って感じだから。女の友達相手には情が深いのに、なんでか男にはドライすぎる。多分、何かそうなるキッカケはあったんだろうけど、そこはアタシにも千佳にも踏み込ませない。そういう所も、やっぱ千佳ほどは腹割って話せない要因だよな。
康生にとってのアタシもそうなんかな。地雷は怖いけど、そこまで踏み込まなきゃ、そこそこの付き合いは出来るって感じの相手。
もしかしたら、康生からすると、今くらいの距離感が一番良いのかも知れない。じゃあ彼の為を思って、自分の気持ちに蓋して、友達エンド? それで苦しくなんない? 痛くなんない?
「ちなみに千佳だったら、どうする?」
「諦めるかなあ。男なんて幾らでも居るんだし」
「男は幾らでもいるけど、康生は一人しか居ないから」
「んだよ、聞くまでもねえじゃん。答え出てるじゃねえか」
千佳がニヤッと笑う。
「他の男はイヤなんだろ? 物の数にも入ってないんだろ? じゃあ、いくしかねえじゃん。何を迷ってんだよ?」
またヘタレんのかよ、と発破をかけられてる。けどさあ。
「康生にとっては、アタシと居るより」
「だああ、鬱陶しい。どうせそんな好きだったら離れられるワケねえんだからさあ。一緒に居ても安らいでもらえるように、積み重ねていく。返せる物があったら返していく。それしかねえんじゃねえの?」
「う……そう、だよね」
「こればっかりは近道はねえし、沓澤クンがもう大丈夫だなって信用してくれるまでコツコツやるっきゃねえよ」
千佳は紙パックのイチゴミルクを、音を立てて吸いきって、パッと立ち上がった。
「しゃーねえ。今日はウチもお見舞い一緒に行ってやるよ」
千佳大明神様~。