52:陰キャが弱ってた
<星架サイド>
「あの、これお見舞いっす。ビワなんで、後で剥いて康生に食べさせてあげて」
アタシは先に春さんに紙袋を渡した。
「ありがとう。うん、あの子、ビワ好きだから喜ぶと思う。取り敢えず冷蔵庫に入れとくね?」
「はい」
良かった。好物だった。
春さんの先導で階段を上り、康生の部屋まで来た。部屋の前で春さんがマスクを渡してくれる。いつの間に。あ、さっき冷蔵庫にビワ入れに行った時についでに取って来てくれたのか。気遣い感謝だ。
「康生~? 入るよ~?」
と言いながら、春さんが部屋のドアを開ける。保安灯だけが点いた室内は、少しムワッとしていた。扇風機の微風は回ってるけど、熱気の方がだいぶ勝ってる。
「康生、星架さん来てくれたよ?」
枕元から声を掛けられ、康生は少し身じろぎする。小さく瞼が開いた。あ、寝てるなら無理に起こさなくても良かったのに。
「星架さん、来てくれたよ」
「チャリエル様?」
「せ・い・か・さ・ん」
いや、聞き間違えのレベルじゃなくね?
「ああ、星架さん」
アタシの名前を呼びながら、首を動かすので、アタシは早足で近寄った。春さんが脇にどいてくれて、康生の顔が見える。少し憔悴してる感じだけど、大事はなさそうだ。
「星架さん、快気祝いと自転車のベル……ごめんなさい。フィギュアの手直しも……もっと、もっと色んな事してあげたかったです」
「いや、死なねえよ?」
38度チョットで大袈裟すぎるから。けど、マスクの下で頬がだらしなく緩んでしまう。色んな事してあげたいって。そんな風に思ってくれてたんか。理性があまり働いてない状態だろうし、ガチの本心ってことじゃね? ヤバい、メッチャ嬉しい。
もう少し言葉をかけようとしたところで、康生の目がトロンとしてくる。うん、寝れる時に寝といた方が良い。アタシは康生の額に貼りついてる前髪をそっと掻きあげた。
「……」
少しだけ安らいだ顔をして、康生はまた寝ちゃったみたいだ。アタシは彼の前髪を触っていた手で、そっと頬も撫でてみる。モチッとしてて、あったかい。赤ちゃんみたい。
「……じー」
ハッ! そうだった、春さんが居たんだった。恐る恐る振り返ると、案の定、ニマニマ笑い。
「これはガチのガチなのか?」
うう。ガチのガチだよ。どうしよう、相手の家族に好きバレするって有利なん? 不利なん? 経験が無さすぎて、サッパリわからん。いっそ洗いざらい話して協力を仰いでみるとか。けどけど。弟想いな人だし、相応しくないと判断されたら……
「ふふ。あたしは水補充してくるよ。ついでにビワも剥いてこようかな」
踏ん切りがつかない間に、春さんはそう言って立ち上がった。康生の枕元に置いてあるペットボトルを取ると、ヒラヒラ振りながら部屋を後にする。しょ、正直助かった。つか多分、元から問い詰める気はなかったんだろな。
と思ったら、ひょこっと半開きのドアから顔を出して、
「今チューしたら風邪うつるよ?」
なんて茶化してくる。
「しないから!」
あははは、と笑いながら階下に降りていく春さん。くう。遊ばれた。
アタシは「しない」と言いながらも、康生のベッドから離れられずにいた。逆に意識させられちゃったよな。一瞬、マスク越しに、ほっぺくらいなら、とか考えてしまう。いや、ダメダメ。起きてる時に出来る関係にならないと、どうせ虚しくなるだけだし。パチパチと自分の頬を軽く叩いた。と、その音で、
「ん~」
康生が起きてしまう。やってしまった。
康生は目の焦点も合わないまま、枕元に手を伸ばし、何かを探す。あ、もしかしてペットボトル……
「サムバディ……サムバディ」
助けの呼び方が独特すぎる。
笑ったらダメなんだろうけど、弱ってても面白いな、この人。
「はいはい。水は春さんが補充しに行ってくれてるよ」
「のどかわいた」
うぐ。そんなチビッ子みたいな言い方。と、康生の視線が彷徨い、アタシのカバンから飛び出してるペットボトルの上で止まった。
「あー、はいはい」
母性本能をくすぐられて、何も考えずにボトルを取ってしまって……気付いた。これ朝に買って、一日中チビチビと口付けてたヤツじゃん。うわ、何かもう、それ良いの? 前の時のコップとは違って、飲み口とか避けようもないし。
ええい、しょうがない。こんな弱々しい康生に縋られては、仕方ないんだ。決してガチの間接キスをさせたいとか、そういう邪なヤツじゃないから。
蓋を開けて渡してあげると、両手で持って(これも可愛い)飲み始めた。それを見て、言いようのない高揚感に包まれる。やっぱアタシ、康生限定の変態かも知れん。