50:ギャルが天使だった
創作への熱意で体が火照っているのだとばかり思ってたけど、お風呂に入って少し経ってもクラクラするもんだから、試しに体温を測ってみたら38度を超えていた。やっぱ帰ってすぐにお風呂に入って暖かくしておくべきだったか。
なんて冷静に振り返りつつも、体はダルくて仕方ない。かかりつけ医も午後の診療時間が終わってる時間だったから、明日朝イチで父さんが車を出してくれる事になった。母さんも姉さんも眉を曇らせていた。風邪くらいで大袈裟とも思うけど、やっぱ家族の温かさは沁みる。
ベッドに横になると、枕元のスマホがチカチカ光ってるのに気付いた。ああ、そうだ。星架さんが明日の朝、待ちぼうけにならないように、レインをしておかないと。先に来ていたメッセージに目を通す。自転車を預かった事に対する改めてのお礼の言葉だった。相変わらず律義だ。
ボーッとする頭で返信を書こうと思ったけど、辛いので流れを無視して伝えるべきことだけ打った。
『明日は病院に行くので、朝は一緒に登校できないです。先に行ってて下さい。ごめんなさい』
それだけ送ると、いよいよ意識が遠のいて、僕は瞼を閉じた。するとすぐに全てが真っ暗になった。
夢を見ていた。
天界から光のスロープが、この沢見川に降りてきて、そこを爆走する自転車が一台。その自転車には銀色の髪をなびかせる美しい天使が乗っていた。輩の如くイキってて、盛んにベルを鳴らしている。そのまま蛇行し、光のスロープの端に生えているキノコを勢いよく轢き殺した。
「オラ! 4失点が!」
天使は徐行しながら沢見川に降臨する。ピョンと自転車を降りると、その後ろにも誰か乗っているのが見えた。ニケツだったみたい。その後ろの人も自転車を降りた。
「康生くん。いつも精が出るね」
織田信長だった。ペラペラなのは肖像画そのままだからかな。立体感がまるでない。
天使と信長は連れ立ってウチの工場に入ってくる。僕は慌てて二人にライチジュースを出した。
「かたじけない。ああ、これは美味いな。今度、利休に淹れさせよう」
「うまうま」
二人とも気に入ってくれたみたい。
「もしかして二人は僕を迎えに来たんですか?」
なら僕は天に召されてしまうのか。
「人間50年。キミはよく生きた」
信長さんがそんな風に労ってくれる。
「いや。僕はまだ16年しか生きてないです」
「四捨五入したら50ですよ」
銀髪の天使がニッコリ笑った。絶対違うと思う……けど、その笑顔で言われると、本当のようにも思えてくる。
「あの、もしかしたらアナタは……」
僕がよく知ってる人なんじゃないか。彼女の名前を出そうとしたけど、なんでか言えなかった。
「ワタクシですか? ワタクシは車輪天使・チャリエル。バキバキにヴァージンですよ」
「康生くん、そろそろ行こうか。本能寺が燃えているよ?」
「……」
「どうせ教室では一人ぼっち。友達と呼べるような相手も居ない。下天はつまらないだろう?」
僕は首を横に振った。
「友達、また出来そうなんです。ちょっと直情径行で困らされることもあるんですけど、誰かの為に怒ったりもできる優しい人で。確かに教室では話せないですけど、こんな殻にこもってる陰キャの僕を毎朝迎えに来てくれるんです。その行動力に救われてて……」
言葉がまとまらない。感情だけが先走ってる。でも結論だけは決まりきっていた。
「とにかく、僕は二人とは行けません。下天で頑張ります」
僕はハッキリと言った。二人は少しだけ寂しそうな顔をして、だけど最後には微笑みながら頷いてくれた。
「気が変わったら、いつでも呼んで下さい。時給1200円で、このスターブリッジ号に乗せてあげますよ」
「それではね、康生くん。一揆には気を付けて。一番狙われやすいのはキミの家のような小金持ちだから」
それだけ言って二人はスターブリッジ号に乗り込む。信長さんが荷台に乗ると、チャリエル様が立ち漕ぎを始めて、ゆっくりと天界へのスロープを戻っていく。帰りは登りになるから辛そうだった。
そこでハッと僕は目を覚ます。とても冒涜的な夢を見ていた。
枕元のスマホがチカチカと光ってる。画面をスワイプすると、レインが3件ほど来ていた。全部星架さんからで、全部僕の体調を気遣う文面だった。家族の皆の心配げな顔を見た時と同じ、心が温かくなる。
『ただの風邪です。心配してくれてありがとうございます』
夜中の2時過ぎだったから迷ったけど、やっぱり返しておきたくて、そう送った。もう一眠りしよう。毛布を被り直そうとした時、ピコンとメッセージが返って来た。まさか。
『良かった。ヤバい病気とかじゃなくて。雨に降られたからだよね。ごめんね。ゆっくり休んで。返信は不要です』
こんな時間まで僕を心配して……星架さん……良い人だ。




