49:ギャルの部屋に上がった
シャツとスウェットに着替え、失礼して家に上がらせてもらった。リビングかなと思ったけど、そこを素通りして戸が閉まっている個室へ案内される。部屋の前で「ちょい待ち」と言われ、先に星架さんだけ入っていった。中でゴソゴソと動き、引き戸(クローゼットだろうな)を開閉する音がして、少し経ってからオッケーが出る。
少し緊張しながら中に入ると、すごく良い匂いがした。ファンデーションとか香水とか、そういうのが混じった匂いなんだろうな。あまりクンクンするワケにもいかず、シレッとした顔で星架さんが勧めるクッションに失礼した。
部屋は6畳1間で、家具は勉強机と椅子、ベッド、ミニテーブル、メタルラック。溝口号でも即座に捨てない所から、物持ちが良すぎるタイプかと思ったけど、意外と小物類は少ない。というか全体的に落ち着いた雰囲気。カーテンは紺で、メタルラックはもちろん銀、ベッドシーツが白で、タオルケットは黒。カワイイというよりカッコイイ部屋だ。
「女の子の部屋って初めて入ったけど……なんか思ってたより落ち着きますね」
これがピンクを始めとした明色で囲まれてたら、もっと意識してガチガチになってたかも。だからある意味、助かった。
「あはは。千佳にはオシャレな男子大学生の部屋って言われたけどね」
「あれ? でもドレッサーでしたっけ? お化粧する為の」
「ああ、アレはクローゼットの中だね。狭いかんね。メイクする時だけ出す感じ」
僕も創作物を複数同時進行する時なんかは、スペースのやりくりに苦労するけど、星架さんも中々頑張ってるみたいだ。
「ふうん、じゃあやっぱベルくらいですね。全体の大きさも棚に飾れるくらいで良いでしょうか」
ラックの上段に柴犬三兄弟と洞口さんのぬいぐるみ。少し離れて僕を模したぬいぐるみ。何か僕のだけ微妙にナナメってる。いつもは他の場所に置いてて、さっき慌てて移動させたんだろうか。まあ、いずれにせよ、あの横あたりだよね、使えるスペースとしては。
「ちなみにクルルちゃんのフィギュアは?」
「それもクローゼット。陽に当たりすぎたから色がね」
「ああ、それもいつか直してあげたいですね。あ、お金はいいですよ? アフターサービス的な」
「え? でも」
「前に言われた、技術の安売りじゃないですよ。もう対価は貰ってますから。あれだけ大事にしてくれてるって、それだけで報われる想いなんです」
「康生……ありがと」
ちょっとクサかったかな。でも本心。今の僕から見ると色々と拙いけど、それでも当時の自分が出来る限りの技術と情熱を注いで作った大切な作品には違いない。いや、忘れといて言う事でもないけどね。
しかし報酬の有無に限らず、星架さん関連の案件が多すぎるな。快気祝いに、自転車のベルを使ったアレンジング、更にフィギュアの手直し。分かってる。僕がどんどん引き受けてるんだよね。なんでか。そんなの決まってる。嬉しいんだ。作ると目を輝かせて褒めてくれるから。子供の頃のメグルみたいに純粋に僕の創作物を楽しんでくれてるのが分かるから。
当のメグルがあの一件以来、僕に何かを作って欲しいと言わなくなったから……僕はその代替に星架さんの喜ぶ顔を求めているんだろうか。いや、それは恐らく違う。上手く自分の心を言語化できないのがもどかしいけど。メグルの笑顔に抱いたそれとは、やっぱり違う。もっとこう、作る以外にも出来ることがあったら可能な限りしてあげたくなるような。
「あ、雨が」
星架さんの声で思考の海から引き戻される。彼女は部屋の窓から空を見ていた。僕もつられて見ると、軽く晴れ間が覗いてきている。雨脚もだいぶ弱まってるみたいだ。
「今のうちですね」
ということで、お暇する運びになった。
お風呂場で乾燥してくれていた服に着替え直す。生乾きで気持ちが悪いけど、顔には出さないよう努める。一応は傘を借りて、忘れ物がないか確認して、僕は玄関に向かう。
「それじゃあ、自転車だけ持って帰っちゃいますね?」
「うん。マジで助かる。ありがとう。あ、ベルのアレンジ創作も急がなくていいからね」
「はい。それじゃあ、また明日」
玄関の扉が閉まるまで、星架さんはその端正な顔に笑みを浮かべながら見送ってくれていた。パタンと閉まり、少しの名残惜しさ。と、いつまでもそうしてるワケにもいかない。姉さんにレインはしておいたけど、あまり遅くなると心配させてしまう。
創作、急がなくてもいいとは言われたけど、なんだか体がフワフワとして創作意欲が無限に湧いてくる。きっとすぐ、見たこともないような物を作ってみせる。士気が異様に高まっていた。