48:ギャルが男心に疎かった
管理人さんに事情を話すと、古い方の自転車は一旦駐輪場の脇に仮置きしていいことになった。傘も借りられたので、指定された場所へ移しに行く。
いざ水煙の中へ飛び込むと、ビニール傘を叩く大粒の雨。銃声のようにも聞こえる。
「ぐああああ!」
「もうそれは分かったから! つか傘差してるだろ! なにダメージだよ!?」
星架さんのツッコミを背中で聞きながら、自転車の移動を終え、軒下に戻ってきた。
「ごめん、ありがと」
星架さんは少し申し訳なさそうだけど、当然の人選なんだよね。傘差してても若干濡れるレベルだから、もう手遅れの方(即ち僕)が行くべきで。
「取り敢えず、ウチ上がってって。タオルとか貸すから」
「ありがとうございます」
こうして僕は溝口家へ二度目の訪問をすることになった。
玄関の三和土に上がった所で待機。星架さんの靴が幾つかあったので、僕の体から落ちる水滴で濡らさないよう、そっと壁際に寄った。
「待っててね。今、タオルとか用意するから」
当分は帰って来ないだろうと踏んで、僕はTシャツを脱いで上半身裸になった。玄関扉を肘で少し押し開け、その隙間から廊下へシャツを出し、雑巾みたいに絞る。ジャバっと勢いよく水滴が落ちていく。自分で思ってた以上に濡れてたみたいだ。最近のゲリラ豪雨は恐ろしいな。あれ? と思った次の瞬間には滝行だもんな。
シャツの脱水が終わると、今度はズボンが気になる。財布とスマホ、家の鍵をポケットから出して、靴箱の上に置かせてもらった。確認すると幸い、札やカード類までは浸水してないみたいで一安心。んじゃ、星架さんが帰ってくる前にチャチャッとズボンも絞るか。
水気を切ったばかりのシャツを小脇に挟み、下も脱ごうとした、その瞬間だった。
「康生、お待たせ、ってキャアア!」
星架さんの声に振り向くと、彼女はタオルを取り落として、ビックリした表情でこっちを見ていた。しまった。自分の体を拭き終わってから戻ってくると思ってたけど、先に僕の分のタオルを取り急ぎ届けに来てくれたようだ。
「ああ、すいません! かなり水分を含んで重かったから、マンションの廊下で絞ってたんです」
それにしてもキャアアって。可愛い悲鳴だな。こんな見た目だけど、本当に男性慣れしてないんだなあ。いや、僕も女性に裸を見られるなんて初めてのことだから、割と顔から火が出そうなんだけどね。
「……」
伏し目がちになって、また少し上目に見てきて、また恥ずかしくなって視線を下げて。そんなことを繰り返してる星架さん。
「あ、えっと」
「あの」
二人、声が重なる。
「そっちから」
「星架さんから」
また重なる。気まずい。
「これ! タオル置いとくから! パ、パパのスウェットないか探してくる!」
星架さんが叫ぶように言って、廊下の奥へと逃げ込んでいった。ありがとうを言う暇もなかったな。
僕は今度こそズボンを脱いで、シャツの時と同じように廊下に出して絞った。多少はマシになったかな。それから星架さんが用意してくれたタオルで全身を拭いた。もう一度ズボンを履き直すと、同じくらいのタイミングで星架さんがお父さんのTシャツとスウェットを持って戻って来た。
「……」
まだチラチラと僕の上半身を見てくる。いくら男でも恥ずかしいからやめて欲しいんだけど。
「やっぱ結構、筋肉あるんだね。男子の裸なんて初めて見たけど、みんなそんなもんなん?」
ショックと恥ずかしさから立ち直ると、今度は興味が湧いてきたっぽい。少しはにかんだ感じは残るけど、さっきより無遠慮に見られてる。うう。さっさと貸してもらったシャツを着ちゃおう。
「あー」
と残念そうな声を出される。いやいや、ストリップショーじゃないんだから。
「ちょ、ちょっと腕の筋肉触ってみてもいい?」
言いながら、もう僕の二の腕に触ってくる。こういうトコ、本当すごいよね。
腕の上を這う女の子の指の感触。なんでこんなに男と違うのか。細くて肌理こまやかで。ていうか触りすぎだから。
「すげえなあ、男子の体。アタシが鍛えてもこんなに筋肉つく気しねえもん」
それはお互い様だ。僕がどれだけ肌ケアしても、女の子のこの指先にはならないと思う。
「男子全員がこういう体なワケじゃないですよ?」
さっき答えそびれた事を言う。
「例えば……宮坂なんかは僕よりずっと細いから、多分筋肉とかは全然ないと思うし」
僕は自分で自分にビックリした。今このタイミングで彼の名前が口をついて出たのは、きっと、いや間違いなく優越感からだ。オスの本能みたいなのが、僕にもあるのか。
「まあアレは茎? 柄?」
幸いキノコネタで受け取ってくれたので僕の汚い部分は気付かれなかった。或いは星架さんがもっと男を知ってたらバレてたかもだけど。




