47:ギャルがノープランだった
午後4時、太陽もかなり大人しくなったので、解散の運びとなった。僕は星架さんをマンションまで送っていくことにした。
夏も間近に迫った6月の中旬、4時くらいではまだまだ空も明るかった。一応、用心のためと思ってついてきたけど、流石にこの時間帯で送るも何もなかったかも。
けど、隣の星架さんは何だか上機嫌で、さっき作ってあげたホットケーキの話をしていた。こんな僕でもエスコートがつくってこと自体、女の子は嬉しいものなのかも知れない。
他愛のない話をしながら歩いてると、星架さんの住むマンションが見えてきた。こっち、と案内されるまま、以前通った正面玄関口とは違う入り口へ。あ、自転車置場か。
「あ!」
「わ! どうしたんですか?」
「いやあ、すっかり忘れてたわ。うちのマンション、チャリは登録制なんよ」
ああ、マンションだとそういうシステムもあるのか。
「今から登録するんじゃダメなんですか?」
「登録もそうなんだけどさ。ほら、車輪止めんとこに番号振ってあるっしょ?」
「はい。この囚人番号みたいな」
「いつまでアウトローライフ引きずってんだよ。アタシら別に収監されてるワケじゃねえから」
星架さんは、その場に新しく買った銀の自転車を止め、テクテク歩いて一つの車輪止めの前まで行き、そこから自転車を引っ張り出す。例の溝口号だ。
「ああ、そこしか使っちゃダメってことか」
「そゆこと。つまり一台だけしか止めらんないのに、二台ある状態ってこと」
「どうするんですか?」
「どう……しようかな」
シルバーの車体に惹かれて衝動買いしたもんな。今の今までマンションのシステムを忘れてたぐらいだし、ノープランに決まってるか。
「よかったら、僕の家で預かってましょうか?」
「え? マジ!?」
「まあ敷地はあるんで、自転車を一台置いておくくらいは別に」
「マジかあ、超助かる。是非お願いします!」
「分かりました。けど、処分はどうするんですか? 廃棄ですよね?」
無料引き取りサービスやってる自転車屋なんかもあるけど、僕の裁量で持ってって良いものかは判断つかないし。
「ああ、廃棄かあ。何か可哀想って言うか。思い出もあるしなあ。捨てるしかないのは分かってんだけど……」
ふうむ。確かに慣れ親しんだ物をポイと捨てて、はいサヨナラでは寂しいよね。
「なら自転車の一部を加工して何か作ってみましょうか?」
「え? そんなんも出来るの?」
「以前、カーパーツ持ち込んできたお客さんが居て、インテリアに変えたことはありますね」
「マジか!? 康生、何でも出来るな」
「あはは。また快気祝いが遅くなってしまいますけど」
「うん、全然良いよ。楽しみは長い方が嬉しいし。つかチャリの方が差し迫ってるし」
「じゃあ決まりですね。そうだなあ……バラしてフレームとか持ってっちゃうと、今度は無料引き取りしてくれなくなりそうだし」
詳しい事は僕も知らないんだけどね。
「あと嵩張ると、部屋のスペース的にしんどいわ」
ああ、そういう問題もあるか。
「そうなると、まあ無難にベルとかにしときましょうか」
星架さんは溝口号のハンドルに視線をやる。そこについているベルは元はシックな黒だったんだろうけど、経年劣化で灰色がかっていた。
「イキって鳴らしまくった思い出とかが?」
「ねえよ。単純に、ベルで何を作るんだろうなって思っただけだから」
まあいくつか案はあるけど、持ち帰って外してみてからかな。
「ん? 雨?」
星架さんが天を見上げ、掌をかざした。
「ヤバい。本格的に降ってくる前に持って帰ります」
鍵はつけっぱのようなので、そのまま押して帰れそうだ。僕は急いで駐輪場の出口へ向かう。と、同時。
ザーッと凄い音がして一瞬で大雨になる。うわわ。
「康生、こっちこっち! 入って!」
星架さんの大声に振り向くと、マンションの建物側へ走っていく彼女の背中が見えた。そうだ、雨宿りさせてもらえば!
僕も自転車を押しながら懸命に走る。が、菌類にまでバカにされた程の鈍足。辿り着く前に、更に雨脚が強くなり、
「ぐああああ!」
「ゲリラ豪雨に打たれただけなのに、中ボスの断末魔みたいな悲鳴あげてるぅ!?」
星架さんに追い付いて、マンションの裏口に着いた時にはビショビショになってしまっていた。