40:陰キャが潜伏してた
<星架サイド>
あ、と思った時には、康生はスルリとクラスの輪から離れ、校舎へと歩いて行ってしまった。感覚としては寄って来そうだった可愛い野良猫が人に驚いて逃げてしまったような。いや流石にその例えは失礼か。
宮坂の悪口にカッとなって、つい感情のまま言いたい放題だったけど、話の流れで野球のセンスないとか結構ヒドイことも言ってしまった気がする。うう、やっちまったか。もしまた傷つけてたとしたら、今度は絶対アタシから行かないと。いや、けど感謝してくれてたし、大丈夫だとは思う。思いたいけど。
取り敢えず、
「アタシ昼行くから、道開けてくんね?」
まずはクラスメイトたちの囲みを抜ける所からだった。
ママが作ってくれたお弁当(ママ本人も来たがったけど、パートの都合がつかなかった)を手に持って、校庭や中庭を探し回る。体育倉庫の近くを通りかかった時、一瞬視界の端で人の姿を捉えた。低木の影に潜むように誰かが居る。恐ろしく薄い存在感、アタシじゃなきゃ見逃してたね。
近づいていくと、迷彩のシートまで張ってあり、その傍に隠れるようにして康生が居た。自衛隊か。
「あ、星架さん」
「どんだけ隠れたいの?」
「ぼっち飯したい時には、気配を消してコレを張るんです。中々アグレッシブでしょ?」
アグレッシブなぼっち飯とか聞いたことないんだけど。やっぱ独特の感性だな。
「えっと、じゃあ一緒したら迷惑?」
「……星架さんなら良いです」
少し考えた後、康生はそう言ってくれた。ちょっとは信頼を勝ち取って来てるんかな。そうだと嬉しい。
アタシは康生の敷いてる迷彩シートの上に座らせてもらって、お弁当を広げた。
「おばさん、来れなかったんですか?」
「あ、うん。パートの関係で。アタシももう高校生だし、体育祭くらい良いよって。康生んとこは?」
「ウチも同じですね。父さんは仕事、母さんもショップの店番してますから」
まあ高校生にもなるとそんなもんだわな。
「洞口さんと園田さんは?」
「二人とも親御さん来てるわ。流石に割って入る野暮は出来んし、ほんで信頼と実績のぼっちを探してたんよね」
康生は「ハハハ」と笑って、卵焼きを箸で摘まむ。彼の弁当箱を覗き込むと、まだ食べ始めたばっかりみたいだった。セーフ。長く一緒に居られそう。
「どれか摘まんでみますか?」
「え!?」
アタシが弁当箱を覗き込んだ意図を勘違いしたらしく、そんな提案をしてくれる。う、さもしいヤツと思われたか。ただちに否定すべきなんだけど……
「これって、康生の手作り?」
「はい」
くっ。図々しいと思われるのはイヤだけど、手料理は食べてみたい。究極の選択じゃんか。
「あ、アタシのとおかず交換しよ?」
ナイス機転、アタシ。康生は少し意外そうな顔。
「良いですけど。これ、星架さんが作った感じですか?」
「……いえ。母上ですね」
敬語になってしまう。家の手伝いだけじゃなく、自分の分のお弁当まで作ってる康生と比べて、アタシのダメっぷりよ。
「それはなんか、おばさんに悪い気が」
「いや、全然、全然。ママも喜ぶと思う」
「はあ。そういうことなら、じゃあそのピーマンの肉詰め貰っていいですか?」
お、ラッキー。アタシの嫌いなピーマン持ってってくれるとか神。二つ返事でオッケーして、アタシは豚の生姜焼を1枚。
「いただきまーす」
うん、うまうま。冷えてるけどタレの味が染み込んでて大変よき。康生もピーマンを美味しそうに食べてくれてる。うーん、アタシも料理頑張ってみよっかな。自分で作ったおかずと交換できたら、今の比じゃないくらい嬉しいんだろうし。
「しっかしさあ、あとちょっとでホームランだったよね? 地味に結構ガタイいいなって思ってたけど、まさかあそこまで飛ばすパワーがあるとは」
「まぐれですね。次同じことしろって言われても無理です」
「えー、そうかあ? 今からでもプロ目指してみたら?」
「野球のセンスないって、さっき」
うぐ。
「もしかして怒ってる?」
「あ、いやいや、そういうワケじゃないですから」
ホッとする。康生はアタシらと違ってハッキリ物を言わなかったりするから。
「それに、もし野球の才能がちょっとばかしあったって、やらないと思います」
そうだよね。康生にはモノづくりがあるもんね。
「……特にあの野球部に入ると、取り返しのつかないことになりそうですから」
ん? 意味がちょっとよく分かんないけど。まあこれからも康生は帰宅部だから、ガンガン遊べるってことだな。