38:ギャルとリプレイ検証した
「ア、アウトー!!」
「え?」
「ゲームセット!」
無情。あまりに無情だった。僕の感覚では殆ど同時くらいに感じられたのに。同時はセーフってどっかで見た気がするし、全く納得がいかなかった。
「セーフでしょ! セーフ! どう見たって!」
星架さんがオーディエンスの最前列から飛び出し、審判に詰め寄る。僕が抗議するよりも、キャプテンが話を聞きに来るよりも早く、まさかの応援席からの刺客。審判をやってる教員も困惑顔だ。
「どこ見てたんすか!? そんなんだからテスト問題も間違えるんですよ!」
ドサクサに紛れてトラウマを抉ってる。この教員、中間テストで解答の方が計算ミスしているという失態をやらかしている人だった。
「ぐう」
アンタもぐうの音出してんじゃないよ。
「ちょ、ちょっと溝口さん!」
流石に見ていられず、僕の方が止めに入る。判定への不満を抱えていたのは僕も同じだったハズなのに、彼女のあまりの剣幕に完全に冷静になってしまった。しかし星架さんは止めに入った僕の足をペチペチと掌で軽く叩いて、
「絶対足の方が先でしたって」
と食い下がる。ようやくウチのチームの面々も集まってきた。キャプテンも駆けてきて、審判に説明を求める。応援席からウチのクラスの女子たちまで面白半分、援護半分でノロノロ集まってくる。相手チームたちは早く諦めろよ、という雰囲気。
「そっちのギャルの子と、自分も映像を撮ってたので、確認だけでもしてもらえませんか?」
キャプテンがそんな提言をして、審判教員も頷いた。
「え!? ア、アタシのは手ブレとかヒドイから、キャプテンのにしてくださいよ。キャプテンはもっと近くで撮ってたから、そっちのが参考になるっしょ」
そこまで舌鋒鋭く戦っていた斬り込み隊長の星架さんが途端にトーンダウンした。うん? いつもの星架さんなら、手ブレごときで止まるとも思えないんだけどな。ただそんな違和感を抱いたのは僕だけで、話はその方向で進む。
キャプテンのカメラ(スマホのじゃなくちゃんとしたデジカメだ)を彼と審判と僕、その隣から星架さんの四人で覗き込む。バスケ中のポニテは解いたみたいで、フワッと広がった髪が僕の頬をくすぐる。
「……これは」
映像の中、ねっとりとしたカメラアングルで僕の下半身が重点的に撮られていて、僕は更に星架さんに近づいてしまった。少し驚いたような顔をされる。ごめんなさい、キャプテンから距離を取りたいんです。可能な限り。
そして問題のクロスプレー。よくよく見てみると……
「あ!」
僕の足がベースに着くより先にミットの先端が僕の体操着に触れてる。皺が寄ってるから間違いないかな。
「あぁ」
キャプテンの口からも降参の声が出た。
「良い尻だぁ」
と思ったら我欲の声だった。もう野球部の部費取り上げよう。こんな用途で使うカメラを買わせないで欲しい。
「まあ、アウトですね」
先生の総括。カメラの画面を見れていない他の面々に向かって、僕は首を横に振った。みんなの口から溜息が漏れる。
「いや、けど凄かったじゃん! 両チーム通じて唯一の三塁打だし。一番のクリーンヒット! 間違いない」
星架さんが励ましてくれる。他のチームメイトやクラスの人たちも、健闘を称えるように頷いてくれた。
「沓澤クン、意外とやるんだね」
園田さんが微笑みかけてくれる。
「いやあ、いっつも教室の隅で内職してるから運動は全然ダメだと思ってたわ。スマンな、沓澤」
「メッチャ凄い音だったよね~。一番飛ばしてたよ」
みんなも堰を切ったように、感想を言ってくる。
いや、何かこそばゆい。不思議な感覚だ。始まる前までは、いや、やってる最中も不安で胸がズンと重かったのに。今はそれを乗り越えて頑張って良かったと思える。アウトになって負けたのに。鈍足を晒して恥かいたのに。
僕は隣の星架さんを見る。たぶん僕より嬉しそうにしてる。僕は……彼女の声援ナシでも打てただろうか。多分だけど、それはない気がする。改めて応援の感謝を口にしようかと思った所で、
「もうちょっと足が速ければな」
ボソッと小さな声が聞こえてきた。完全に嘲るような声音だった。けど僕は無視する。折角のムードに水を差すことはない。僕が我慢すれば済むことだし。だけど星架さんはそれで良しとしなかった。瞳孔が開き、鬼のような形相になり、声の主に詰め寄っていく。
「今、オマエなんつったよ?」
ドスの効いた声に、場が凍った。




