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37/225

37:ギャルの声援を受けた

 先頭の8番が内野安打で出塁するも、続く9番が三振。1番もセカンドフライ。ツーアウト一塁で僕に回ってしまった。


 正直、吐きそうだった。最後のバッターになってしまう。二打数一安打、一得点。僕にしては上出来も上出来。この輝かしい記憶のまま終わらせて欲しかったんだよ。なぜ僕は二番なんて好打順に入れられてしまったんだ。それもこれも、あの野球部のキャプテンとかいう……


「ふむ。絶好のタイミングで戻って来たようだな」


 うわあ! ちょうど考えていた相手、キャプテンの堀田ほった先輩が僕の真後ろに立っていた。ぞわっとするから止めて欲しい。


 先輩は審判にタイムを要求し、僕の腰を親しげに抱いてくる。


「すまんな。赤組の他のチームも回っていたせいで遅くなった。心細かったか?」


 顔が近い。耳に生暖かい息が吹きかかり、全身に鳥肌が立った。この人、試合前のペタペタは僕の筋肉の具合とかを確かめているだけかと思ったけど、どうも違うっぽい。真の性のモーのホーじゃないか? 腰の炎が燃えてるんじゃないか? や、やばい。逃げなくちゃ。すっと腰を引くが、ぐいと再び抱き寄せられる。すごい力だ。誰か助けて。


「キミの打席は少し見ていたが、どうも一打席目は追いかけすぎたな。二打席目のバントと同じように、最後までボールをよく見て振るんだ。腰は、こう」


 プリプリのお尻を僕の股間に押し付けてくるので、慌てて腰を引き、上体を反らす。


「そうだ、その調子だ。体の軸を残したまま、ボールを引きつけて打つんだ。気持ち振り遅れるくらいでも大丈夫だ。キミは中々に良い筋肉を持ってるから、ミートさせれば十分に飛ぶハズだよ」


 ヒップアタックのように尻が追いかけてくるので後退りながら、しかし言う通り体幹が真っすぐになる。い、異次元の指導力だ。夢に出てきそう。


「バントの時にミートの感覚も掴んでるだろうし、大丈夫。真ん中から外角に来たら、上体を残して、引きつけて、迷わず振れ。きっとライト方向へ大きな当たりが飛ぶハズだ。そしたら全力で走れ」


 堀田先輩は最後にグッと親指を人差し指と中指の間に挟んで握り込む卑猥なハンドサインで励ましてくれた。うちの野球部はもう廃部にした方が良いな、これ。









 大きく息を吐いて、打席に立つ。梅雨の合間の快晴となった今日。日差しが照り付け、ヘルメットの黒をジリジリと焼いている。チラとオーディエンスを見ると、また最前列まで出てきてる星架さんと目が合った。構えていたスマホを隣の洞口さんに一旦預け、そのまま両手をメガホンみたいに三角にして、あらん限りの声援を送ってくれる。


「いけー! やれー! 殺せー!」


 いや「殺せ」はおかしいでしょ。

 少し笑ってしまって肩の力が抜けた。自分でも驚くほど良い心理状態で立てている。


 ピッチャーが振りかぶって投げた。低い。見逃した。審判がコール、ワンボール。


 キャッチャーが返球し、それを捕ったピッチャーが玉の汗を手の甲で拭った。目の端で一塁ランナーが腰を落とすのが見えた。


 二球目。来た! 外角だ。だけど少し遠い。ダメだ、と思った時には上体が前に突っ込んでいた。バットにキンと掠って、一塁線の外側に転がる。ファール。ワンボールワンストライク。


 ダ、ダメかやっぱ。弱気が鎌首をもたげかけた時、星架さんの祈るような顔が見えた。まだだ。何を諦めかけてる。まだワンストライクだぞ。


「沓澤くーん! 腰だ! 腰を思い出せー!」


 キャプテンの大声。ひえっ。

 

 ハッと気付くと、ピッチャーが振りかぶっていた。マズイ。慌てて構える。ボールが来る。また外角。同じ要領でファールか、上手くすれば内野ゴロを打たせようとしてるんだ。だけど、さっきより少しだけベース寄りに来ている。


 また力んでしまう。だけどそこでバリウケキャプテンの尻の感触を思い出す。自然と腰が戻り、上体が上がる。真っすぐになった体幹、背中の筋肉の収縮まで感じられるようだった。


「カッコイイとこ見せて!! こーせー!!」


「……っ!!」


 体の奥にカッと炎が灯った。僕は全力でバットを振り、ライト側へ強く意識して、思いっきりボールを叩いた。


 キーン!!


 凄まじい音が鼓膜を震わせる。白球は高々と打ちあがっていた。少し前寄りに守っていた相手のライトが慌てて背走するのが見える。自分でも全然気づかない間に、一塁近くまで走っていた。そして打球はライトの頭を超えて大きく地面をバウンド。


「はしれー!!」


 星架さんの声が追い風のように僕の背中を押す。二塁を蹴って、三塁。一塁にいたランナーが生還しているのが見えた。本塁の脇で片手をグルグル回している。いける。正直、もう息が上がってて、足ももつれそうだけど。


 やがて本塁が見えた。思いっきり、足からスライディング。と、その途中で、相手のキャッチャーのミットへ白球が収まるのが見えた。そのまま振り子のように体ごとこっちに向く。足がベースに乗ると同時、ミットで叩かれる感触。


 僕は、相手のキャッチャーは、星架さんは、チームメイトは、審判を見た。

 

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