31:ギャルに商品を見せた
沓澤製作所の向かいにも実はウチの建物があって、そこは創作家具を中心とした、一般のお客さん向けの商品を取り扱うショップになっている。
水曜定休日で日曜も隔週休み。今日は休みの方で、両親はデートに出かけてる。大胆な休業日設定は零細企業の特権だよね。
「さ、入ってください」
僕はその店舗の従業員用出入口の鍵を開け、星架さんを中へ招いた。展示場へ出ると、彼女は「わあ~」と歓声を上げた。
「木の匂いすげえ。メッチャいっぱい家具がある」
「まあ家具屋ですからね」
ベーシックな木工品が多く並ぶ店内を星架さんは落ち着きなくキョロキョロして、
「康生が作ったのは?」
と訊ねてきた。
僕は彼女を先導する形で、少し奥まった区画へ連れていく。そこに創作品コーナーを用意してもらっているのだ。
「ここですね」
「わあ~」
星架さんは踊るように近付いていって、ジオラマや椅子、ぬいぐるみ等の商品を見て回る。
「ジオラマすっご!」
この街のジオラマの前で、知っている建物を見つけては大はしゃぎ、
「この椅子すげえ! 花びらの形! かわいい!」
デザインチェアーは座って、撮って、
「ぬいぐるみ可愛い! こんなんも作れるんか!」
ぬいぐるみコーナーでは、商品を両手で捧げるように持ち上げて、出来映えを確認し、
「……」
木彫りの戦国武将コーナーでは沈黙した。
そこをそっと素通りした星架さんは、再びぬいぐるみコーナーに戻る。
「ね、ね。この子いくら?」
犬(赤柴)のぬいぐるみを指さしながら。
「お買い上げで?」
「うん!」
「……そっちの白と黒もつけて、1000円で良いですよ」
「やっす!? ホントに? 無理してない?」
「原価は大したことないし、そこら辺は既製品であるから、あんま売れないんですよね」
「そうなん?」
「3つセットなら、そっちの、ケツに3本の矢が刺さった毛利元就の方が出ますね」
「なんちゅーもん作ってんだよ。それをセット商品と言い張るな」
半ギレで木彫りの武将コーナーを振り返る星架さん。元就を除けば棚は空が割と目立つ。
「いや、よく見たら結構売れてんだな……」
まあ珍しいし。海外のお客さんなんかも買って帰ったりする。概ねはふざけてない、真っ当な作品を置いてるし。
「どうですか? やっぱり欲しくなっちゃいましたか?」
「なっちゃわねえから。どうせアタシには信長か義元だろ?」
「両方でも良いですよ?」
「両方いらねえから言ってんだよ」
それは残念だ。まあ柴犬セットを買ってもらえたし、良しとしよう。正直、クラスメイトからお金もらうのもアレなんだけど、こっちばっか遠慮してたら、星架さんと付き合うの苦しくなりそうだし。
「あ、でも創作ぬいぐるみとかはアリ?」
「オーダーメイド的なヤツですか?」
「そうそう」
「家具はやりますが、ぬいぐるみは初めて言われましたね」
「ムリ?」
「あ、いや、大丈夫ですよ? 超絶難易度とか超巨大とかは厳しいですが」
「人とかイケる? あ、戦国武将じゃないからね?」
「ああ、型紙もあるし、意外と簡単ですよ」
「ホント? じゃあね、康生作ってよ」
「はい。ん? 僕が作るって意味ですか?」
聞きながら、かなり違和感があった。この流れで製作者を僕と指名するだろうか、と。わざわざ言わなくても、どう考えても僕が作るに決まってるのに。
星架さんは、そこでまたあの少しはにかんだ笑みを浮かべ、
「康生を、康生が作って」
と言い直す。しばし黙考。木工品に囲まれながら黙考。い、いやいやいや。
「あ! もしかしてそれに僕の髪を縫い付けて、呪力を流し込んで、僕がハゲあがるように……」
「そんな呪術は使えねえよ。サイコパス忍者か」
「だったら、どういう」
自慢じゃないが、僕の顔面偏差値は並程度だ。鑑賞して楽しいものとも思えない。
「まあ……友達のぬいぐるみとか珍しいじゃん? 今度、千佳たちにも許可もらえたら、また依頼しよっかなって。とりま今日は康生で」
「なるほど。いずれは友達全員ってことですね」
太客だ、太客。しかし、ちゃんと僕も友達カテゴリーに入れてもらえてるんだな。こそばゆいけど、ありがたい話だ。
「オーダーメイドってなると、どんくらい?」
「あー。僕が自分の値段つけるみたいでキツイですね」
「確かに。じゃあ時間給とかは?」
「それで行きましょう」
協議の結果、一時間あたり1200円で合意。
星架さんは4時から美容院の予約を入れているそうで、今日はそれで解散となった。