29:陰キャに沼らされた
<星架サイド>
時刻は午後5時。今日は6限までだったから、時間は結構あったハズなのに、あっという間に過ぎていく。康生は聞き上手だし、相槌で面白いこと言うし、大体は肯定から入ってくれるし、メッチャ話しやすい。ヤバいわ。カッコいいし、運命の人だし、日常会話の相性も良いし。あとアタシに変な理想を押し付けないってのが分かったのも大きいな。まあアタシの仕事をよく知らないし、SNSにも興味持ってくれてないから、チヤホヤされてる所を見てないってのもあるんだろうけど。しかし、仕事用はいいけど、プライベートアカは興味持って欲しいなあ。
そして、そろそろお開きかなって時に、明日どっか行こうぜと誘ったら、
「明日は商品の納入があるんで遊べないです」
という返事だった。
「あー、そっかぁ。残念」
ていうか今日こんだけ話してて、まだ全然足りないとか。恋愛を沼って表現する人いるけど、今ようやく分かったわ。ずぶずぶハマっていってる。
「家具かなんか?」
午前とかで終わるならワンチャンとか思っちゃった。
「ええ。家具と……僕の創作物もですね」
「へえ。康生の作った物も売れてるんだ!?」
正直、戦国武将しか作ってないんだと思ってたけど。ていうか物好きな人が戦国武将買ってるのかも。
「見ますか?」
と言いながら康生はスマホを操作し、対面のアタシに差し出してくる。受け取った時、スマホに彼の体温が残っててドキドキした。やっぱアタシ変態かも。
とか思いながら画面を見て……一瞬で色んなものが吹き飛んだ。
「キレイ……」
エメラルドグリーンの海中を沈没船の船窓から眺めているような構図。サメや魚が泳いでいて、サンゴ礁も見える。画像の手前側は船内。フジツボみたいな貝が付着した机や、錆びて役をしなくなった機械類。
寂しい光景なのに凄く綺麗。廃墟美ってヤツか。ていうか、そうか。これ全部作り物だ。実写かと思ったけど、質感が違う。というか、康生が見せて来た時点で彼の作品に決まってんのに、一瞬、そんなことすら忘れてた。そんぐらい惹き込まれてた。
「すごい……こんなん作れんだ」
「次の写真にスライドしてみてください」
言われた通り、画面に指を置いてスワイプ。
あ、と声が漏れた。
「ライトアップ……」
先程の廃墟美に満ちた空間が光ってる。船内のランタンが淡い光を放ち、外のエメラルドグリーンにも輝きを与えている。
「これ反対側とか見てみたい」
「はい。ちょっと貸してください」
スマホを渡す時、少しだけ指を伸ばして、康生の指に触れた。ほとんど無意識だった。「あ、すいません」と謝られて、ハッと我に返る。「こっちこそゴメン」と言いながら、改めてスマホを渡す。
康生が画像を探している間、アタシは触れ合った指先をそっともう片方の手で包んだ。なんであんな事したのか。答えは簡単。触れたかったからに決まってる。強烈な世界を見せられて、それを作り出す、あの指先に。
「これですね。反対側」
また戻って来たスマホの画面を見ると、海側から見た沈没船の全容が写っていた。朽ちかけた木板の質感なんかも凄く真に迫ってて、本物みたい。苔のようなものが茂っていて、それも綺麗に光ってる。
「幻想風景っていうか。木板が水中でそんなにキレイなまま残るかとか、その苔は何だとか、そういう現実的な指摘はナシで」
笑いながら康生が付け加える。心配しなくても、こんな綺麗な物に野暮なことは言わないよ。
「はあ。ホントきれいだね。凄い」
語彙がショボすぎるわ。けど、マジで心動かされると言葉って出てこないモンなんだね。
「僕、エメラルドグリーン好きなんですよね」
「へえ……確かにキレイだもんね」
「星架さんは?」
「アタシは銀色!」
「あ、そっか。髪色」
康生の視線がアタシの顔の上側に外れる。アタシは少しだけ毛先を持ち上げて見せて、
「どう? この色?」
と聞いてみた。自然に聞ける流れだったし。
「良い色だと思いますよ。似合ってますよね」
よし、と内心でガッツポーズ。
「ああ、そうだ。快気祝いのプレゼント、こういうジオラマはどうですか?」
「え? これくれるの!?」
「いや。これはだから売れてしまったので」
「あー。なる。これ売り物だったのか。それで明日納品」
そういや最初はそういう話だった。あまりのキレイさに興奮して忘れてたわ。
「だからこれとは別ですけど、ジオラマで作ろうかと。どうでしょう?」
「うん、うん! もらう立場で贅沢は言えんけど、こういうキレイなん好きだから嬉しい」
「分かりました。じゃあ待っててください」
すごく優しい笑顔だった。「いっしゅうかんまってね」と言った8年前の笑顔がダブって見えて、またアタシは深く沼に沈んだ。