25:ギャルと登校した
この暑いのに、ブルッと悪寒がした。な、何だ。蛇に睨まれたかのような。湯冷めしたかな?
「ふ~」
ベッドに座り、タオルケットを足に掛けてスマホを見る。レインの返事が来ていた。『りょうかい』とだけ。全然デコデコしてない、僕が打つような簡素な文字列。続けて半泣きの犬のスタンプ。これは……拗ねてしまったかな。こうやって友達に対して素直に気持ちをぶつけれるのは、美徳だ。羨ましくさえある。僕にはそれが出来なかったから。
スマホを手放し、僕はベッドの上に大の字になった。木彫りのリクエスト待ちが一つ、快気祝いに自由創作が一つ。あぁ、早く作りたいな。自由創作の方は何にしようか。
そんなことを考えながら、電気を消すと、すぐに眠気が襲ってきた。目蓋がピクピクしてるのが分かる。やっぱ緊張したし、顔が強ばってる場面が多かったんだろな。
でも勇気出して行ってみて良かった。溝口星架さん。セイちゃん。元気になってホントに良かったね。また友達になれるかな。
目蓋の痙攣もおさまって、僕はゆっくりと意識を手放した。
朝、家を出るとすぐ近くの電柱の影から人が飛び出してきた。うわ、と声をあげると、向こうはケラケラと邪気なく笑う。濃い水色の制服シャツの腰に黄色いセーターを巻いている少女。鎖骨にかかったアッシュグレーの髪を払いながら、
「ビビりすぎ」
と笑う。
「ビビりますよそりゃ……おはようございます、星架さん」
「う、うん。おはよう、康生」
途端に軽くキョドる星架さん。どうしたんですか、と目顔で訊ねる。
「いやぁ、改めて、あのコウちゃんと一緒に学校通えるんだなって」
なるほど、と頷く。もちろん僕も感慨はあるけどね。8年。長いよなあ。
「まあ今までも普通に同じクラスでしたけどね」
「コウちゃんって分かってからは初ってこと」
星架さんは例の年季の入った自転車を押しながらついてくる。僕はさりげなく歩速を落として、彼女に合わせた。星架さんは、ちょっと意外そうな顔をして、けどすぐ笑顔になったから、僕の気遣いは筒抜けかも知れないけど。
「いっつもこんくらいの時間?」
「ええ、キッチリこの時間です。もしかして明日からも?」
「おう」
まあ、この行動力の塊みたいな人なら、そうなるか。
「めーわく?」
ぐう。この子供っぽい舌っ足らずな口調、完全に味をしめてる。美人が可愛いまで身に着けたら、それ即ち反則だ。
「いえ、そんな風には思いませんよ。それに、学校じゃ話せませんからね」
乗っかっておくけど、釘も刺しておく。
「それさ、もう良くない? アタシたち、こ、友達ですって堂々と宣言すれば、案外どうにかなるもんだと思うよ? コソコソするから奴等も攻めやすくなるんよ」
それは堂々と出来る人の理論なんだよなあ。
「でもキノコ」
「キノコに関しては、何か言ってきたらアタシがビシッと言うし」
「え? でもそれで友人関係が壊れたら……」
「は? アタシがアレと友人?」
「違うんですか?」
「ない。無理。キモい」
メッチャ速かった。沖田総司の三段突きかな? あんまり教室の様子は(内職で忙しくて)知らない僕でも、彼が星架さんに話しかけてる所は何度か見てたから、そこそこ関係を築けてるのかと思ってたけど。どうやら完全な一方通行だったらしい。
「というワケで、話しかけて良い?」
「いや。やっぱやめときましょう」
「えー」
「そ、そう言えば、木彫りのリクエストってどうなりました?」
悪いけど話題を強引に変えさせてもらう。
「うーん。それなんだけど、快気祝いまで作ってくれるって話だったし、流石に悪いからさ、一つで良いよ」
「あ、そうなんですか? じゃあ合併号で、豪勢な快気祝いにしましょう」
おお、と喜んでくれる星架さん。二つ作れなくなったのは残念だけど、その分凝ったヤツ作れると思えば。
「ふふ」
「な、なんですか?」
「いやぁ、ホントにモノつくるの好きなんだなって」
「ええ、まあ僕からモノづくり取ったら何も残らないんで」
「そんな事ないから」
意外と強い否定に少し驚く。
「そんな事ない。康生、自分では気付いてないだけで、良いトコ沢山あるから」
変なお世辞とか言わなそうな星架さんが、真剣な顔でそんなことを言ってくれる。
「あ、ありがとうございます。嬉しいです」
ちょっとは自信持っても良いのかな。
「顔、赤くなってんぜ?」
ニヤニヤ笑いの星架さんに顔を覗き込まれるのが恥ずかしくて、僕は少し早足で逃げるのだった。