219:陰キャが陽キャになった
<星架サイド>
摘まみやすい唐揚げやフライドポテト、トルティーヤなんかが盛られた大皿が、それぞれのテーブルに配膳されている。
向こうのテーブルは雛VS康生・千佳の連合軍という構図が出来上がったみたいで、料理を巡って激しい火花が散ってる。て言うか、冷静に考えたら等分すれば良いだけなんだけど……雛が一人前で満足するワケないしなあ。
「……雛乃ちゃんは相変わらずだな」
「……ええ。もう少し作っておけば良かったかも」
「……」
ポツポツと会話が増えてきたママたち。あっちのテーブルの我関せずっぷりが、良い感じにこっちのテーブルの口も軽くしてくれてる。
「え~、ですからぁ、このザットはぁ、前文のトムの飼ってる猫を指していてぇ~」
康生がウチの学校の英語教師の真似をしてる。クッソうまい。
「だはははは! クッツー、似すぎ! あははははは」
千佳が爆笑して、
「もう~、私わかんないから~」
一人だけ学校が違う雛乃が不平を漏らす。
たぶん最初は意図的にアタシらのテーブルと隔絶されたような空気を醸成しようとしてたんだと思うけど、もはや普通にエンジョイしまくってるんだよなあ。
「元気、ね」
「そうだな。若さが羨ましい」
「ママたちだって、まだまだ」
更に会話が増えてくる。なんか人見知りの親戚の子を思い出すな。正月の度、ばあちゃん家で会うんだけど、毎回毎回、親密度がリセットされてんの。けど話してるうちに、どんどん打ち解けて、帰る頃には……みたいな。
話すまでが心理的ハードル高いんだよな。でも一度レールに乗ると、以前のように話せる。二人もきっと一緒。仮にも夫婦、確かに仲良しだった時期はあるんだから。その時と同じくらい心のガードを下げて欲しい。
「私たちも……学生の頃に出会っていたら……」
「……」
続き、なんて言おうとしたんだろう。もっと強固な絆を築けていた、とかだろうか。でも別に学生時代からの付き合いでも破局するカップルも普通に居るし、ないものねだりじゃないかな。というかそもそも、
「俺たちの年齢差だと……」
パパの言う通り、5歳差ある二人だと、学生時代に接点作るのは難しそうだ。
「それに……俺は、事務所で出会った日のこと、今でも覚えてる」
パパ! ここで押すのか。いいぞ、頑張れ。
「なんて鼻っ柱の強い女だろうと」
って、ええ!?
「あら? 私もなんかスカした人だなって思ったけど?」
え、これ大丈夫? また喧嘩になるんじゃ。そう思ったけど、二人とも小さな笑みが口の端に乗っている。
「……そうね。学生時代ではなかったけど、あの出会いも、中々悪くないって言うか」
「……ああ」
なんだ。憎まれ口なんて叩きながらも、割と気に入ってる出会いなのか。そう言えばアタシも詳しく聞いたことないんだよね。歌手志望と敏腕マネージャー。一体どんな感じで距離を詰めたんだろう。ただまあ今は置いとこう。折角ふたりで良い感じに会話が弾みかけてるんだから。
「英語はね、生きてるの! 常に変わってるの! 履き違えないで頂戴!!」
康生うるっさい。ていうか例の先公がヒステリーモード入った時のヤツじゃん。こっちも上手いのかよ。
「ははははは! 言う言う。それ言うわ、アイツ! 余裕なくなるとすぐヒスるもんな。あはははは!」
「だから分かんないってば~。もう! この唐揚げもらうから~」
「あ! ダメですよ! 唐揚げもね、生きてるの!」
いや、唐揚げは死んでるだろ。てか、マジでアタシらのこと忘れてないよな?
好き放題な3人だけど、ママもパパも微笑ましそうに見ている。一気に子供が増えたような気持ちなんだろうか。
「……康生くん、良い子だな」
と、パパが突然アタシの方に話を振ってきた。今の英語教師のモノマネからそんな感想出る? とか一瞬思ったけど、気を取り直して、コクンと大きく頷いた。
「誠実に人と向き合える、優しい子だよ。パパはあんまり知らないかもだけど」
「いや。知ってるよ。一本気に意志を貫く子だ。職人の卵と聞いて凄く納得した。俺が身を置く業界には、ほぼ居ないタイプだ」
少し自虐気味の笑みを浮かべる。しかしそれはすぐに引っ込め、
「あんな良い子の存在まで疑ってしまったのは、流石にナイ、と反省した。その……麗華、そして星架。悪かった」
座ったままぺコンと頭を下げた。あ、康生と初めて会ったロータリーで、アタシがママに謝って欲しいと言ったこと。実行してくれたんだ。
アタシは咄嗟にママを見る。呆けてる。違うでしょ! すぐに肘で突っつく。ここしかないよ、と。
「ママ」
小さく頷いた。けど唇がプルプル震えてる。アタシはテーブルの下でママの手をそっと握る。頑張れ! ここ逃したら、たぶんママは言えないよ。お願いだから……
果たして、ママは。
「誠秀さん…………私こそ、ごめんなさい。色々と。ううん、全部ね。働いて稼いで来てくれてるのに、軽視するようなこと言ってしまった。星架の入院の時、提案を蹴った上に謝れなかった。家族を顧みないなんて言ってしまった」
そこで区切って、テーブルの上に手をついた。
「本当にごめんなさい。傷つけてしまってごめんなさい」
震える声でそう言って、ママは額がテーブルにつきそうなくらいに深く頭を下げた。