213:陰キャにお墨付きをもらった
<星架サイド>
「ど、どう?」
硬化が終わり、モールドから取り出し、バリも取り、研磨も済ませ。いよいよ康生の最終審査ターン。
「……」
「……」
長い。頬を伝う汗をタオルで拭う。真剣な表情で眇めるようにして、クルクルと指輪を回す康生。
やがて。
「うん、完璧です。人に贈れる出来です」
その言葉を聞いた瞬間、
「いよっしゃあああ!!」
喜びが胸の内で弾けて、その場で跳び上がった。康生にそのまま抱き着く。康生はアタシを抱きとめながら、さりげなく指輪を作業机の中央に置いて安全確保してくれていた。流石。アタシの短絡的な行動を読んで、冷静な対処やね。
「よく頑張りました」
労いながら、頭を撫でてくれる。
「へへへ~」
と、脱力したら、くう~とお腹が鳴った。ああ、そういや……何時だ? いま。
工場の掛け時計を見ると午後3時過ぎだった。うわあ。タイムスリップしたみたい。
「牛丼、食べましょうか」
「てか千佳は?」
姿が見えなかった。集中しすぎてて、いつ居なくなったのかも分からない。
「先に食べてもらってますよ」
康生が家屋を指さす。もうあっちでお休みということか。まあ、塗りが終われば、残っててもやることないもんな。
「康生、ありがと。アタシに付き合って、我慢してくれてたんだね」
申し訳なさが声に滲む。だけど康生は首を左右にゆっくり振って、
「星架さんと一緒に食べたいですから」
少しはにかんだ笑顔でそう言ってくれるのが愛おしくて仕方なかった。あくまで自分の都合で待ってたみたいなスタンスで、アタシに気を遣わせないようにしてる。しかも可愛い。
アタシは胸が一杯になって、家屋へ歩くわずかな間、腕に抱き着いた。
ちなみに家に入ると、千佳が春さんと牛丼屋談議に花を咲かせていて、雛乃はソファーでうたた寝していた。自分の家レベルだなあ。
食後、何とかもう片方(そう。ペアリングなんだから2つ要る。そんなことも忘れてたよね)のリングも完成に漕ぎつけた。ただその時点で時刻は午後5時半。一発成功だったけど、完成を凝りだしたらキリがなくて、こんな時間になってしまった。康生が当たり前のようにやってることが、実際に自分でやってみると、こんなに大変で根気の要ることなのか、と驚嘆したよね。愛がないと出来ないことだと思う。
いつもありがとね、康生。
そしてもう一つ。
「雛、ゴメン。来てもらったのに」
結局、今日はケーキの練習は一度も出来ずじまいに終わった。無駄な時間を過ごさせてしまった。そんな風に思ってたけど……
「ううん。いいよ~。牛丼ご馳走様だったし、おはぎ作りも楽しかったし美味しかったよ~」
などと謎の話を始める。
アタシは春さんと明菜さんを見る。
「いやさ。雛ちゃん、ヒマそうで可哀想だったから。お母さんが餡子買ってきたんだよね」
春さんが説明する傍ら、明菜さんは優しく雛乃の頭を撫でる。すっかり愛されてるなあ。
「どうかつの森は? 暇だったらやってて良かったんですよ?」
「え?」
と。今度は突然アタシの真横、愛しのダーリンからもアタシの知らない話が出てくる。思わずスマホを確認すると、確かにグループレインに康生から、
『お暇でしたら、僕の部屋に面白いクソゲーがあるんで、やってても良いですよ。棚の3段目の一番手前のゲームです。あ、データは消さないで下さいね』
とメッセが投下されていて、
『どうかつの森ってヤツか? 面白そうだからやってみるわ』
千佳からそんな返事が入ってる。
いつの間に。っていうか、そうか。アタシが熱中してる間に、康生が残りの二人を気遣ってメッセを送ってたんだな。広く言えばアタシのフォローか。けど何だろう、何故か素直に感謝できない。
ていうか、なんか嫌な予感がするんだよな。
とか思ってると、階段を誰かが下りてくる足音がして、
「おー。星架、終わったか」
千佳が顔を見せた。
「クッツー、あれ面白いな。貸してくれよ」
やっぱハマっとるし。予感的中じゃん。
「え~? 動物さんが可哀想だよ~、あんなのダメだよ~」
雛乃の反応が正常だ。人はそうあるべきだ。だけど一部の人間を惹きつけてしまう魔性のクソゲーでもあるんだろうな、あれは。
「まあそう言わないで下さいよ。あ、星架さん。星架さんが布教用に持ってるのを洞口さんにあげたら良いんじゃないですか?」
「布教用に持ってるワケじゃねえよ」
カレシから名誉棄損を受けるってどういう事だよ。
「え? 星架ちゃん、アレ自分でも買ったの?」
春さんが真に受けてしまう。
「マジかよ、星架。やってんなあ」
千佳も乗っかりやがって。
「うがああ」
広がる誤解の輪を解くのに、結局3分くらい費やした。康生め。
まあ、雛も千佳もそれぞれ楽しんでくれてたんなら良かった、と思うことにするわ。呼んどいて待ちぼうけ食らわせてしまった手前、強くも言えんしな。