211:ギャルと成長を実感した
星架さんがレインで二人にサポートを求めると、当然のように快諾が返って来た。『つか相談段階から混ぜろし』という洞口さんのメッセに、不覚にもウルッときてしまったのは内緒だ。
取り敢えず、今日のうちは材料を買いにイワンモールへ二人で向かう。結局キャンプ代は誠秀さんが一括で払ってくれたので(丁重にお礼を言っておいた)、僕たちの懐には割と余裕がある。加えて、星架さんのユルチューブの収益分、僕の個人依頼の報酬分もいくらか入ったおかげで、向かうところ敵なし……とまではイキれないけど、まあ軍資金としては十分だろう。
「折り紙かな、まずは」
「うん。特定の色だけ使いますから、ウチにある分だけじゃ心許ないですよね」
またぞろ100均へ。エスカレーターを上がりながら、星架さんの履いてるレギュラー丈のスカートをチラリと見る。部屋着みたいなショートパンツじゃなくて、ホッとしてる自分が居た。意外と僕、独占欲が強いのかな。
「……なんだかんだ縁のある場所だよね」
「え?」
「ほら。最初にアタシがやらかしてしまったのもここだし。リベンジデートもここだったし」
「ああ」
そういうことか。このモール自体の話だね。
「メイク教室でもお世話になりましたよね」
そして今、溝口家の明日に影響を及ぼすかも知れないモノづくりの材料を買いに来てる。確かに縁と言えば縁だ。
「最初のは兎も角、他のは全部うまくいってるし、験担ぎの意味でも丁度良かったかもね」
「ははは。けど最初のも……きっと僕たちが結ばれる為には必要なことでしたよ」
「う~。そう言ってもらえると助かりますです」
ちょうどエスカレーターを上りきった辺りだったので、一段追いついて、その腰に手を回した。これくらいのスキンシップは、まあ、ね。
「ふふ」
「な、なんですか?」
「いや、最初はアタシのギャルファッションに気後れして周囲の視線とか気にしてたのに、今やもう、この女は自分のモンだって見せつけるみたいに、自然に抱いてくるからさ」
「う。別に見せつけるつもりはないですけど」
僕のカノジョ、最高なんだよって、少しだけ自慢したい気持ちもなくはないけどさ。
「あはは」
星架さんからも肩に軽く頭を預けてくる。
「お互い、成長したよね、きっと」
「はい」
この夏が、僕たちを強く大きくしてくれた。記録的な猛暑で死ぬほど暑かったけど、僕たちがそれぞれ抱えた氷を解かすには、おあつらえ向きだったのかも知れない。
我が家に戻ると、早速、僕の部屋で内職にいそしんだ。何か良い感じにしんみりしたモール内プチデートとは打って変わって、恐ろしく地味な作業を黙々とこなす。
ちぎり絵と言ったけど、アレは撤回。ハサミで数センチ角に切り分けて、その角を切っていって、小さな楕円形に整えた方が見栄えがよろしいし、効率も良かった。そして僕は完成したその丸い花弁の中央側を細筆で白く塗っていく。紫陽花は遠目に見たら青や紫一色のようだけど、実は花弁の根元は白みがかっていることが多い。
「……」
「……」
星架さんが切り抜き、僕が筆を走らせる。チョキチョキというハサミの音だけが部屋に響く。
僕は自然と思考の海に沈んでいた。
さっき調べた紫陽花の花言葉。
「辛抱強い愛」と「移り気」。相反する意味を同時に内包しているのは、育てる土壌の質によって色が変わることに由来するそうだ。
前者はともかく後者は縁起でもないと、僕は一瞬、題材の変更もよぎったけど、星架さんは迷わなかった。
「どちらにも転びうる。そんな不安定な未来だからこそ、二人の意思で前者を勝ち取って欲しい」
そんな風に言った。
そしてそれは、きっと僕たちにも言えることだ。望んだ色の花を咲かせ続ける為には、常に土を手入れして、理想的な状態に保っていなくてはならない。気が移ろわないように、辛抱強い愛を抱き続けられるように。
と、そこで。タイマーが鳴る。午後5時。タイムリミットだ。
「流石に今日だけじゃ終わらんかったか」
特に筆の方が繊細で、僕が手こずってしまった。さりとて、流れ作業のやっつけ仕事で良いような物では決してない。むしろ魂を込めるように細部にまで拘りながら塗った。
「神経使うところ全部任せっきりでゴメンね? でもアタシじゃこういう立体的な塗りって全然できないんだよね」
自分も塗れたら良いのに、と寂しげに言うので、そっと頭を撫でて慰めた。
実際、途中からは星架さんのハサミ作業が先行しすぎて、僕の仕上がりを待つばかりの状態だったからね。
「でも明日、千佳の応援も来てくれたら、こっちは間に合いそうだよね」
「そうですね。けど前も言った通り、紙の封入はコーティング作業も要るので、ひと手間ありますから。失敗した時のために、予備も考えておかないと」
「うう。先生がスパルタだー」
バタンと大の字に倒れてみせる星架さん。膝を立てるのは、パンツが見えちゃうからやめようね。




