21:ギャルに甘えられた
「まずは……今の今まで忘れてて、気付かなくてごめんなさい。これを怒ってたんですね」
彼女に向かって深々と頭を下げる。僕にとってはフィギュアを贈った時に少し仲良くなった程度の相手でも、彼女にとってはもっと大きな意味を持っていたんだ。彼女の境遇を思えば、そしてこの大切に保管されたクルルちゃんを見れば、いやでも分かる。
「ごめんなさい」
もう一度頭を下げる。
「ううん、アタシこそゴメン。そもそもアタシだって確信はモールの日だったんだし、子供の頃たった数度会っただけ、名前もニックネームしか覚えてない。そんな状況じゃ、無理もない」
優しい言葉に胸を撫で下ろす。
「まあアタシと結び付かなかったのはしゃーないとして、存在自体忘れられてたのはショックだけど」
顔を上げる。ことさら笑顔だけど、目がね、あんまり笑ってないんだよ。
「アタシはコウちゃんの言葉にメチャ救われて、辛い時もこのフィギュア見て元気もらってた。コウちゃんのこと、忘れたことなんて無かった。でもしょうがないよね、しょうがない。アタシなんて何人もフィギュア作ってあげた内の一人だし? そんなんイチイチ覚えてらんないよね?」
ゴリゴリ根に持ってるじゃん。掌が汗ばんできたよ。
「えっと、どうすれば許して頂ける系ですか?」
「撫でてよ」
「は?」
「さっき背中撫でようとしてたっしょ? あれ」
バレてたよね。しかもやり直し請求とか。
「ん」
立ち上がって、僕に向かって両手を広げてくる溝口、じゃなかった星架さん。
「マ、マジでやるんですか?」
僕も釣られて立ち上がったは良いものの。さっきと同じ体勢ってことは。
「ん」
必然抱き合って、背中に手を回さないとならない。そんな勇気……って、わああ。ノータイムで星架さんが飛び込んでくる。悩む間もなく背中に手を回して抱き留めてしまった。
うわ、柔らかい。スレンダーな人だと思ってたけど、やっぱ女の子なんだな。ヤバい。心臓が聞いたことない速さでドクドクいってる。あ、でも右胸に当たってる星架さんの左胸も凄まじい鼓動だ。って……左胸? この柔らかいのって、もしかして、もしかしなくても。
「どう? 意外と胸あるっしょ?」
挑発的に笑いながら言ってるけど、顔が真っ赤だ。ちょっと体も震えてる。ほ、ホントに慣れてないんだ。僕と一緒。そう思えば、少しだけ落ち着ける……ワケないよね。
な、撫でなくちゃ。そういう話だったから。背中に回してた手を動かす。途端、何か段差のような物に触れる。
「あっ」
へ、変な声出さないで。顔を覗き込もうとすると、恥ずかしげに逸らされる。その反応でやっと理解した。ブラ紐。そ、そうだよ。女の子の体なんだから、そういう物を着けてるんだよ。もちろん、知識としては知ってたけど、実際にこの手で触れてしまうと、とんでもなく生々しかった。
は、鼻血出そう。ダメだ。背中はダメ。僕は勝手に変更して、手近にあった彼女の頭に手を置いた。丸くて温かい。そっと撫でると髪から良い匂いがした。
「あたま」
「だ、ダメでした?」
「いいよ、全然。気持ち良い」
甘く耳朶を打つ彼女の声。胸の内にマグマでも流し込まれたみたいだ。この柔らかくも華奢な体を無理やり掻き抱くビジョンが脳内を駆け巡った。頭の中の冷静な部分が、僕のような草食系にもこんな乱暴な衝動が眠っていたことにビックリしてる。
いつの間にか、頭というより髪を撫でていた。かなり強い染色なのに、傷みは少なく、殆ど引っ掛からない。髪のケアにも手間やお金を掛けているんだと思う。
きっと髪だけでなく、体も顔も、男には計り知れないような努力が費やされてるんだ。それに僕は、触ることを許されている。クラクラした。
もう一度背中に手を下ろしていく。抱き締めてみたい。い、嫌がられることはないハズ。
「星架さん」
その細い腰に僕の指が触れようとした、その時。唐突に玄関からガチャガチャという音がして、星架さんは弾かれたように僕から離れた。
「ヤバ! ママ帰ってきたし!」
わわわ。こんなとこ見られたら、彼女のお母さんに青春時代を思い出させてしまうかも知れない。僕も素早く離れ、シャツの乱れを軽く整え、直立不動で家主を迎えた。