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20:ギャルに抱き着かれた

 見せたい物がある。溝口さんはそう言い残し、リビングを出て行った。

 途端に静寂が訪れる。コチコチコチと壁時計の音がやたら大きく聞こえる。き、気まずい。と言うか、この家は今、溝口さんしか居ないのか? 今更ながら色々マズかったのではと不安に駆られかけた時、リビングの戸が開き、彼女が戻って来た。手に何かを抱えている。透明のケースだ。中身を見て僕は息を飲んだ。


「……そのフィギュア。僕が作った……ヤツだ」


「うん。やっぱそうなんだ」


「うわあ、懐かしいな。近くで見ても?」


 返事の代わりに、溝口さんはテーブルの上にケースごと置いてくれた。黒いワンピースに黒髪の少女をかたどったフィギュア。まだ慣れなくてアルミ線で手を刺して絆創膏する羽目になりながら、夢中で作ったっけ。楽しくて。そして喜んで欲しくて。


「ああ、色落ちしてる。細部の作りが甘すぎるなあ。顔作ってる時に汗が滴っちゃって焦ったっけな。ああ、マジで懐かしい」


 レーシングゲームでもやってるかのように、体を左右に揺らして、全体をつぶさに観察してしまう。だがふと疑問が湧いた。これは確か入院してた子にあげたハズ。確か名前は……セイちゃん。バチっと頭の中でシナプスが繋がった。


「セイちゃん!? ああ! 星を架ける!」


 いつだったか病院の中で彼女の本名を聞いた時、そんな説明を聞いたのを思い出した。シナプスが繋がりまくって、連鎖的に様々な記憶が海馬から続々飛び出してくる。


 と、突然、横合いから手が伸びてきて、首に巻き付いたかと思うと、凄い力で引っ張られ、温かな体とピタリくっつく。驚いて振り返ると、溝口さんの顔がすぐそこにあった。泣いていた。長いまつ毛に涙の雫が絡みついて、キラキラと輝いている。泣いてる女の子にこんな感想ヒドイのかも知れないけど……キレイだ。


「コウちゃん。コウちゃん。会えた。ホントにマジで、もう一度会えた……!」


 感極まったみたいで、僕の肩におでこを乗せて、鼻を啜りながら泣いている。


 えーっと。うんまあ、凄い偶然だなとは思うんだけど、ここまでの感動の再会になる程の時間は積み重ねてなかったと記憶してるんだけど。多分、ひと月くらいかな、それも週一だったから、実質4回くらいしか会ってなかったような。


 どうしよう。背中とか撫でて落ち着かせた方が良いのかな。後でセクハラ、とか……いや、流石にそんなことする人じゃないとは思う。恐る恐る手を伸ばそうとして、自分の手がプルプルしてて気持ち悪いのに気付いた。指先だけで童貞だって分かるレベル。


 結局、僕は勇気が出ず、ただ抱き着かれたまま呆然と座り、彼女が落ち着くのを待った。






 2~3分くらいだろうか。体感はもっと長く感じたけど、掛け時計の長針は僅かにしか進んでいなかった。やがて溝口さんの体がゆっくりと離れて行き、正面に泣き顔が映った。目元が赤くなって、唇もまだ小さく震えている。


「大丈夫ですか?」


 コクンと頷き、クルリと僕に背を向けた。ポケットから手鏡を取り出し、自分の顔を確認しているようだ。


「あの、僕、外しましょうか?」


「いい。メイクして泣いたら、もっとブスなるし」


 まだ泣く予定なのか。


「すっぴんでも絶世の美女って言ってくれたし」


「絶世までは言ってないですけど、まあ、はい」


 泣き顔ですら綺麗だと思ったのは事実だ。


「それで、その。あの時の女の子がセイ……溝口さんって事で良いんですよね?」


「名前」


「え?」


「インターフォンでも星架さんて呼んでたし、さっきもセイちゃんって呼んでたのに、なんで退化するの?」


 子供みたいに語尾が上がってる。普段のツヨツヨギャルとのギャップが凄い。だが、もちろん僕にも言い分があって。


「インターフォンの時はおうちの方が出られたのかと思ったんです。声の印象が違ったから。セイちゃん呼びは、昔の思い出に引きずられてって言うか。溝口さんも」


「なまえ!」


 駄々っ子みたいに言うもんだから、思わず頬が緩む。


「えーっと、じゃあ星架さん?」


「……今はそれでゆるす」


 実は子供時代の記憶に引きずられているのは、彼女も同じなのかも。


 呼び方の件も片付いたことだし、改めて僕は彼女に向き合った。話さなきゃいけないこと、聞きたいことはまだある。

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