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2:ギャルの自転車を直した

 スタンドを立て、自転車の様子を検分。後輪を見ると、黒ずんだチェーンが外側にキレイに外れていた。立ち上がってハンドルを取り、ギアの変速を1に変える。

 カバンから軍手を取り出して装着。そして外れているチェーンを、後輪の一番外側、一番小さいギアに嵌める。たわんだそれをハンドル側にクッと引っ張り、サドルの下あたりにある前輪ギアに、噛み合うように嵌めていく。片手で軽くチェーンを引っ張りながら、もう片方の手でゆっくりとペダルを逆向きに回す。カラララと正常に回る音がして、はい完了。


「すっげ! 沓澤クン、神じゃん」


 やっすい神様だなあ。街の自転車屋さんは全部神社かな。


「ねえね、ツイスタに上げて良い?」


 見れば、溝口さん、いつの間にか動画に撮っていたようだ。花びらが舞ったような模様のネイルアートが施された指で、盛んにスマホを弄っている。


「えっと……」


「顔は映ってないからさ。それにプライベート用のアカだから大丈夫っしょ」

 

 何が大丈夫なのかは分からないが、「良いよね?」と念押しされると、思わず頷いてしまった。陽の人たちにグイグイこられると、断り切れないのが陰の宿命。情けないなとは思いつつ。まあ友達同士で繋がっているくらいのアカウントだろうから、反応するのも溝口さんの友達だけ。変なことにはならないハズ。


「あ、やべ。間違えた。まいっか、大丈夫っしょ」


 だいぶ不穏な事を口走ってる気もするけど。いや大丈夫、大丈夫。そもそもチャリを直してる動画なんて変なことになりようもないから。心配性で気の弱い自分がイヤになる。


 まあいいや。今度こそ退散の一手だ。


「じゃあ僕はこれで。チェーン、結構古くなってるんで、余裕があるなら替えた方が良いかもです」


 最後にアドバイスだけして、颯爽と立ち去った。



 



 ハズだったんだけど。


「沓澤クンのウチ近いん?」


 帰り道も同じ方向だったらしくて、溝口さんは普通についてきた。自転車はゆっくり漕いだり、押したり、微妙に僕の歩幅と合わないらしくて苦労している。モテる男は女の子の歩くスピードに合わせるとか聞いたことがあるけど、僕には関係のない話だ。と言うか、遠回しに「もう追い抜いて先行って良いですよ」と伝えているつもりなんだけど、溝口さんは一切構わないらしい。


「えっと、まあ徒歩で帰れる圏内ですね」


 ていうか、何? まさか家までついてくる気なの? 怖い怖い怖い。何が目的? 僕の家なんて、しがない製作所だよ。金目の物もないし、面白い物もない。まさか配下の男たちを使って、そのなけなしの蓄えや僕のお小遣いを……


「良いなあ。アタシももっと学校の近くに引っ越したかったんだけど、結構急で、じっくり選ぶ暇なかったんよね」


「やっぱり一声かけたら、20人くらい集まるんですか?」


 そうなると僕の家の工場こうばなど一たまりもない。大体おじいちゃんしか働いてないのに。


「え? えっと、そんなに要らないっしょ。狭いマンションだよ? 4人くらいだったかな」


「4人。それだけで十分って事ですか」


「うん、まあ……みんなムキムキだし、そんなもんじゃね?」


「ムキムキ!?」


「ビックリした。いきなり何?」


「お父さん、お母さん、先立つ」


「それはもうええて」


 溝口さんに決め台詞を遮られる。そこで少しの沈黙。大通りから右折して入る路地の入口が見えてきた。地元の人間が多く住む住宅街、その更に奥へ行くと小さな町工場が幾つか寄り合っている区画があって、そこが僕の家だ。


「あの。僕、あっちなので……それじゃあ」


「へえ。こっちって来たことないわ。まあ高校進学に合わせて引っ越してきたから、ここ以外もあんま知らんけど」


「えっと」


 マジか、この人。本当についてくる気なのか? 冗談抜きでいかがわしい企みがあったりしないだろうな。どうしよう、撒いた方が良いか。学校に忘れ物したことにするとか。そうか、それは良い。


「……流石に家までついてったら迷惑だろうから、ここで。んじゃ。マジで今日は助かった、あんがとね」


 思いついた案を実行する前に、溝口さんは引いてくれた。もしかして僕、迷惑そうなのが表情に出てたかな。これが原因でイジメが……ってもうこれは止めよう。ネガティブな未来ばかり想像しても、気が滅入るだけだ。


 結局、彼女はパタパタと後ろ手に挨拶して、自転車に乗って帰って行った。


「疲れた」


 普段、目すら合わせないようにしてるタイプの人と、こんなに長く話してしまった。早く帰ってゆっくりしよう。

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