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199:陰キャが踏み込んだ

 <星架サイド>



 それから約1時間後。ついに食材が尽き、コンロの火が落とされた。そのタイミングで千佳がアタシに目配せしてくる。片付けやっておく、という合図だ。

 サンキューと口パクで返した。


「雛、プラゴミ集めて持ってくぞ」


「うん」


 事前に話を通してあったおかげで、雛も素直に従っていた。


「……星架?」


 パパの少し硬い声。場の空気から、これが予め示し合わされた動きだと察したっぽい。まあ、露骨すぎたか。


「ちょっとお話が」


「……」


 こうくるのも、同様に勘づいてたんだろうな。軽く肩をすくめただけで、驚いた様子はなかった。


「雛乃ちゃんたちが居ると出来ない話なのか?」


「いや、そういうワケじゃないんだけど」


 実際、康生とアタシの交際も、アタシの計画も全部、彼女らは知ってるワケだから、居ても問題はない。ただ二人が気を遣って外すと言い出しただけだ。

 まあ結婚記念日の件は兎も角、交際宣言の方は、康生の立場で考えると、ギャラリーが居たらやりにくそう、という配慮だと思う。


「あの……改めまして、その、ご挨拶が遅れてしまいまして」


 その康生がオズオズ切り出す。もう少し前置きするかと思ったけど……ああ、これはだいぶ緊張しとるな。

 

「あ、ああ。そういう話か」


 パパがすぐに察する。


「ぼ、僕、お嬢さん、星架さんとお付き合いさせて頂いてます! 沓澤康生です!」


「あ、うん。名前は知ってるが……」


 思わず吹き出しそうになる。緊張すると本当、ポンコツ。パパも可笑しかったのか、少し頬が緩んでいた。


「まあ、星架から既に聞いてるから、驚きはないが……それでもハッキリ、キミの口から聞けたのは良かった」


 パパの穏やかな返答に、康生の体から緊張の強張りが消える。


「あ、はい。本当はもっと早くにご挨拶に伺えたら良かったんですけど」


「いや。それは気にしないで欲しい。私も時間は取れなかっただろうしな」


 少しだけ……娘のカレシの挨拶より、仕事の方を優先してしまうのか、といういじけた気持ちが芽生えかけるけど、今は置いておく。

 

「前も言ったと思うけど、一生に一度の人だと思ってる。パパからすると、子供の未熟な考えに聞こえるかも知れないけど」


「いや」


 パパが真剣な表情で、首を横に振った。


「むしろ子供のように、或いは妄信的とも言えるような熱を、どこかで持っていなくてはダメなんだと……最近は痛感している」


「え?」


「…………いや、変なことを言った。こっちのことだ。忘れてくれ」


 ママとのことだったら、あっちもこっちもないのに。けどその態度で、何となく発言の真意を読み取れた。パパは、意外にも昔の康生に似たところがあるんだ。身内なのに、そんなことも気付けてなかった。


「凍らせてしまったんですか? 感情ごと」


 アタシより先に、その康生が言語化していた。パパは驚いて、目を見開いた。


「僕も星架さんに会うまではそうでしたから。でもダサくても、怒らせてしまっても、泣いてしまっても、話せば良かったんです。相手はそれに応えてくれる人だって……仰る通り、盲信のような熱を持って」


「……」


「……」


 変な空気になってしまい、そこで康生が「あ」と小さく声をあげ、


「す、すいません。いきなり生意気に知ったようなこと言って。事情も深くは知らないのに」


 慌ててパパに謝る。けど、パパは別に康生が生意気だと怒って沈黙してたワケじゃない。きっとその言葉に思うところがあったからだ。


 8年前の入院先の選定から、きっとパパの中で、信頼が失われてしまった。熱をぶつけても応えてくれる人だと、ママのことをそう思えなくなってしまった。むしろ熱をぶつけると、悪い方向に飛び火して、大火事を起こし、関係そのものを焼尽(しょうじん)させかねないと。


 だったら、自分が我慢して、大人の対応でやり過ごす。それが延命となるだろう、と。そんな風にきっと考えてしまったんだろうな。けど結局は堪えきれずに、冷えた頭のまま、距離を置いてしまっている。

 けどきっと、氷の中に種火はまだ残っている。そこへ再び熱を与えるには……


「ねえ、パパ!」


 今度はアタシがはやってしまって、呼ぶ声が上擦る。康生に言葉をかけていたパパが、少し驚いたようにこっちに顔を向けた。


「あのさ……」


 二の句が継げない。乾いた喉がヒリつくようだ。

 もし、断られたら。それはもうママへの熱を諦めるということになるのか。その火を絶やす最後の一吹きになってしまわないだろうか。


 だ、ダメだ。言えないかも。俯きかけたその時、アタシの手を優しく包む大きな手。いつの間にかすぐ隣に康生が来てくれていた。

 そして何も言わずに、ギュッと手を握って、大きく頷いてくれた。たとえどうなろうと僕は星架さんの味方だよ、と。そんな想いが伝わってくる。


 ふう、と大きな息を吐く。乾いた喉に潤いが戻ってきたようにさえ錯覚した。


「パパ…………30日。ウチで、沢見川の方のマンションで、パーティーをするんだ。それに、来て欲しい」


「……結婚記念日、か」


「うん」


 膝が震えそうだ。けど。言えた、言えたよ、康生。思わず隣に飛びつきたくなったけど、まだ喜ぶのは早い。アタシはパパの瞳を真っすぐに見つめた。

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