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ギャルの自転車を直したら懐かれた【8月25日・第1巻発売予定】  作者: 生姜寧也


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186:ギャルの家族が難しい

 8年前の星架さんの治療方針を巡って、夫婦関係に亀裂が入ってしまったこと。そして今年、星架さんの進路に関しても麗華さんの要望が通り、その際の対立が亀裂を大きくしたこと。そして一旦お互いに距離を取るという選択に至ったこと。


 だけどまだ、雪解けの目は潰えてないこと。そこで次の結婚記念日に誠秀さんを星架さんのマンションに呼ぶ計画をしていること。当然それは単に「遊びに来て」という以上の意味を含んでいること。


 全部聞き終わった母さんは、「うーん」と顎に手を当てた。その視線の先、いつの間にか父さんもお風呂から上がってたみたいで、同じように思案顔で立っていた。


「そうねえ……私にも麗華さんの気持ちが全く分からないでもないの」


「と言うと?」


「どうしても収入面では遅れを取ってしまうし、社会的な地位のようなものでも差があると感じてしまうとね」


 社長としてそれなりの稼ぎがある夫と、その会社の併設のショップで働く兼業主婦の妻。普段、僕はこの二人のどちらが上とか下とか、差がいくらだとか考えたこともなかった。だって、


「父さんと母さんは役割が違う」


 と認識してるからだ。


「そう。お父さんは稼いできてくれてありがとう」


「母さんは家のこと、子供のこと、それに空いた時間は店舗もやってくれてる。感謝しかない」


 母さんと父さんが間に立ってる僕を貫通して通じ合う。


「と、分かっていても、外を向きがちな人だとね。話を聞く限り、お母様、結構プライド高そうだしね」


「共に支え合って暮らすパートナーじゃなくて、どっちが上か下かの競争相手になってしまうってこと?」


「まあ有り体に言うとね。で、稼ぎで敵わないのだから、家のこと、子供のことは全部自分がやる。口出ししないでってなっちゃうと……」


 8年前の入院先問題の根がそれ、ということか。なんだか、アイデンティティーの証明じみた話だ。自然な役割分担というより、自分の役割の死守。そこに余裕や思い遣りが生まれるハズもない。


「お母様が特別どうとかじゃなくて、どこの夫婦でも一歩バランスを崩すと起こり得る事だと思う」


 僕と星架さんに置き換えて考えてみる。

 今現在、収入面で言うと、僕は星架さんに及ばない。容姿は言わずもがな。トラウマの件で甘えまくってしまったせいで、精神的な救いになった回数も多分どっこいどっこい。


 ……あれ? 星架さんが僕と付き合うのって、メリットある? とか考えてしまう。

 そして最近は更に料理の腕も上げてきてるし、もしこれでモノづくりまで追いついてこられたら? そこまで考えだすと……なるほど。どっちが上か下かの競争相手。そんな風に錯覚してしまうのも正直、頷ける心理だ。

 そんな中で唯一負けない(と思ってる)分野があれば、そこに固執してしまうのも必然。


 それが麗華さんにとっては、善き妻であり善き母というステータス。つまり子育ての独占に繋がった、ということなのかな。


「なんか……寂しいね」


 たぶん最初は競争とは全く逆で、相手のために自分が出来ることを、と考えたハズなんだ。なのにそれが少なかったり、あっても相手の方が優れていたりして。存在意義に疑問が生まれて。


「夫婦はな、難しい」


 父さんが呟くように。もしかすると、子供の僕には見せないだけで、二人にも折り合いが付かない時もあったのかな。ふとそんな事を思った。


「康生」


 名前を呼ばれて、僕は母さんの顔を見た。眉がハの字になってる。


「正直に言うと、私たちもお母様方に何をしてあげれば上手くいくかなんて分からないの」


 そう、だよね。きっと夫婦の数だけ、それぞれのバランス、折り合いというものがあるんだろう。母さんたちの上手い方法が、必ずしも麗華さんと誠秀さんにとっての正解とは限らない、ということか。


「ただ一つだけ」


「え?」


「もしアンタが介入せざるを得なくなったその時は……子供を盾にしちゃいなさい」


 一転して少し軽い調子で言った母さん。え、どういうこと? と混乱する僕。


「つまり星架ちゃんが悲しむから、というのを基本軸に攻めるの」


 攻めるって……戦いじゃないんだから。と思ったけど、或いは本当に戦う覚悟で行くべきなのかも知れない。いくらカレシと言えど、他所のご家庭の事情に首を突っ込む気なら。


「まあ半分は冗談だけどね。でも半分は本当」


「えっと」


「つまりね。康生は、星架ちゃんの事、彼女の幸せの事を第一に考えて、そのために行動すれば良いと思う」


 それで、良いんだろうか。


「私たちでも分かんないって言ったでしょ? それをアンタが分かるわけないの。それに冷たい言い方だけど、そもそも正解を掴み取るのは本人たちの仕事。それを導こうなんて、ある意味、傲慢だとも思う」


 だから、と母さんは結論づける。


「いざとなったら、星架ちゃんの為に正解を探せって、発破かけてしまいなさい」


 つ、強い。でも確かにそうなのかも。夫婦生活のアドバイスなんてガキの僕が出来るワケもない。だったらいっそ、夫婦のことは知らないけど、僕の大好きな人を悲しませないでくれ、と言った方が、よほど正直だ。

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