18:ギャルの家を訪ねた
「ここかあ」
築浅の綺麗なマンションだ。外壁はモザイクタイルか。工法としては……いや、今はそういう時じゃないから。
エントランスで、洞口さんに教えられた部屋番をダイヤルし、呼び出す。予めレインでアポを取っておくべきだと思ったんだけど、洞口さんいわく「あいつ、肝心な所でヘタレるから。先に言ってたら、ぜってえ逃げる。奇襲だよ奇襲」とのことで、何も言わずに来た。
ワンコール、ツーコール。留守だったか、と踵を返しかけた所で、
「はい」
と応答があった。女性の声だけど、低く落ち着いている。
「あ、えっと。ワタクシ、星架さんのクラスメイトで沓澤と申します。星架さんは御在宅でしょうか?」
緊張しつつも、粗相のないように。
「え!? コウ……沓澤クン!?」
え、本人だったか。インターフォンを通したら、みんな声が少し変わるもんだけど、本気でご家族かと思った。
「どうやってここが……あ、千佳か。マジお節介」
「……すいません。僕を見かねて手を差し伸べてくれたみたいで」
「……とにかく、入って」
ピッと通話が切れると、目の前の自動ドアが開いた。セキュリティ万全だなあ。僕の家とは大違い。いつだったか、帰ったら従業員のオッサンが居間の救急箱あさってた事とかあったからね。悪びれる様子もなく、「下手こいたわ」って笑いながら血がダバダバ出てる指を見せられたし。
エレベーターに乗って7階へ。降りると廊下を歩いて707号室を探す。廊下脇の排水溝にも汚れが殆どない。日常清掃が行き届いてるんだな。ウチの工場なんて、いつだったかカピカピになったネコのフンが……やめよう。さっきから変な事ばっかり考えてしまう。つまり。
「メチャクチャ緊張してんだよな」
息を大きく吸って吐く。着いてしまった、707号室。チャイムを押す指が震えている。まだなんで怒られたのかも分かってないんだ。また知らず知らず、彼女の地雷を踏んでしまうかも知れない。せめて理由を考えて正解を分かってから、この戸を開くべきなのでは。そうだ、洞口さんは全部わかってるって言うんだから、あの人に聞いて……
「いや、ダメだろ」
それは多分ダメだ。コソコソ嗅ぎ回るようなことして、後で知られたら。てかまず洞口さんが教えてくれなさそう。聞きたい事あんなら、星架に直接聞いて来いよ、って断られる気がする。だから、もう腹括るしかないんだから。
ええい、と目を閉じてインターホンを押した。
「……」
あれ? 家の中で人が動く気配がしない。確かにピンポーンとオーソドックスなタイプの呼び出し音が鳴ったハズだけど。留守なワケもないし、聞こえなかったか。もう一度押してみる。反応なし。
「……」
え? マジで下の自動ドアだけ開けて、出かけたとか? そんな鬼みたいなことする? 流石にそこまでされるような事をした覚えはないんだけど。
電話をかけてみる。何気に初電話だったりする。するとすぐ近くで音が鳴った。有名なガールズバンドのロックナンバーだ。ワンフレーズが終わる前に、すぐさま電話を切られた。
「……」
「……」
「溝口さん? そこに居るんですか?」
多分、ドアのすぐ向こう。三和土の所に居る。エントランスの自動ドアを開けて、すぐにここで待機してたんじゃないだろうか。彼女も話す気はあるということだ。けど、いざチャイムが鳴ると固まってしまっているって事か。洞口さんが肝心な所でヘタレると評してたけど、あながち嘘でもないらしい。
「……顔合わせづらかったりします? それなら……僕も同じです。正直、なんで仲良くなりかけてたのに、こうなっちゃったのか分からなくて。何かしてしまったのか。まだ怒ってるのか。色んなこと考えると怖くなって、話しかけられなくて」
「……」
「あの、迷惑なら帰ります。もう二度とレインもしません」
「ダメ!!」
「え?」
鋭い声で制され、驚いているうちに、部屋のドアが外側に開く。危うく鼻を打ちそうになって、僕は慌てて下がった。
「待って」
大声を出したせいか、声が少し枯れていた。久しぶりに彼女の顔を正面から見た気がする。すっぴんだった。服装も白Tシャツに黒ジャージと、完全にオフだ。溝口さんは僕の視線から逃れるように俯いた。まじまじ見ないのがエチケットか。
「……入って」
普段の溝口さんからは考えられないような小さな声で招かれ、僕は彼女の家に入った。