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179/225

179:陰キャの家と我が家

 <星架サイド>



「ただいま~」


 製作所から戻ったアタシは、つい無人のリビングに声を掛けてしまった。ママは今日も遅い。お盆最終日とあって残業確定だと、今朝、家を出る前に言ってた。


 毎日、本当ご苦労様だよね。

 家庭内別居と同時に始めた派遣。最初はきっとマンション賃料から生活費まで全部パパの世話になるのはプライドが許さない、そんな動機だったと推察してる。


 けど久しぶりに働いてみて、仕事の大変さ、お金の有り難さを再認識したみたいなんだよね。時々「パパはこんな大変なこと何十年もしてたのね」なんてこぼしたりして。今では家賃だけでも出してくれているパパに感謝の念を抱いているように見受けられる。昔はそれもあんま無かったもんね。子供のアタシが言うのは変だけど、ママも成長したのかなって。


 ……パパの方は、どうなんだろうな。家事は代行を頼んだりしてるそうだから、あんまりママやアタシが居なくて不便してるってこともないのかな。


 もう要らない……とか思われてたら。

 ズキッと胸の奥が痛む。アタシは慌てて首を振って、最悪の想像を追い払った。


「……掃除でもしようかな」


 ママが居ない間に、家全体にワイパーかけちゃうか。

 アタシはリビングの収納から長尺のフローリングワイパーとシートを取り出す。ゴム部にシートを噛ませ、いざ出陣。良い運動になるけど、ちょっと腰が痛くなるんだよね、これ。


 自室、廊下、脱衣所、トイレ、リビングと軽快にこなし、最後にママの部屋へ。テーブルを畳んで、床を拭いていく。仕上げにベッド脇を拭いている時、


「あ」


 サイドテーブルの上、卓上カレンダーが見えた。そこの8月30日のところに赤丸がついていた。その下に小さく結婚記念日と書いてある。

 アタシはさっきとは逆に、胸の奥が温かくなった。ママは。少なくともママはまだ想ってる。


 掃除を終えて、ワイパーを収納スペースに仕舞っていると、玄関からガチャガチャと解錠の音がした。ふと視線を時計にやると針は9時半を示している。朝6時台に家を出て、帰りがこれかあ。

 

 恐ろしい事に、ネットなんか見てると、これでも多分マシな方なんだよね。アタシ、今から社会に出るの怖いわ。


「ただいま」


 リビングのドアを開けながら、ママが弱々しい声で帰宅を告げる。

 

「おかえり。お疲れさま」


 扇風機をつけて、近づけてあげる。


「ごはん食べた?」


「あ、うん。康生んちでご馳走になった」


 康生がアジフライ&海老フライを揚げるってんで、ついついお言葉に甘えてしまったよね。サクサクのフワフワで、自家製タルタルソースも美味すぎた。


「また? あんまりご迷惑かけないようにね」


 少しだけ苛立ったみたいな言い方。ちょっと今日は余裕なさそう。


「うん、気を付ける」


 こういう時は反論すると喧嘩になりがちなので、素直に聞いておく。アタシとママまで気まずくなったら、しんどいし。


「あのさ、ママって……なんの花が好き?」


 今日の雛乃のリングを見て、安直に。

 デザイン早く決めたいな、という気持ちから考えなしに聞いてしまったけど、疲れてる日に聞くことでもなかったかと、言葉にしてから気付いた。


「花? え? ちょっとママ疲れてるから、今度にしてくれる?」


 案の定、煩わしそうに言われた。

 ママへのプレゼントの参考にしたいから聞いてるんだけどな、と少しだけ悲しい気持ちになる。


 結局、ママはお風呂に入ってすぐに寝てしまった。明日も6時前に起きなきゃいけないし、仕方ないか。

 アタシも合わせて、今日はもう寝ることにした。


 そして、それは翌朝の事だった。


 突然、バターンという家中に響き渡るような大きな音。次いで、金属が転がったような、カランカランという高い音。


「わ!」


 一気に覚醒した意識。アタシは飛び起きて、音の発生源に向かう。泥棒じゃないかと一瞬だけ躊躇い、けどすぐにそんな日和見は吹き飛んだ。開け放たれたリビングのドアの向こう、キッチンの辺りでママがうつ伏せに倒れているのが見えたからだ。


「ママ!?」


 駆け寄る。足先に硬いものが当たった。空の水筒だったみたいで、蹴っ飛ばされた勢いそのままに転がって、カーペットの上に乗り上げた。それすら目で追わず、


「ママ! ママ!」


 傍まで行って、肩を揺すろうとして、ピタッと手が止まる。そうだ、こういう場合って下手に動かさない方が良いんじゃなかったっけ?

 えっと、じゃあ、どうしたら? 脈? 呼吸? 確認しないと。でも、止まってたら? どうすんの?


 頭が真っ白になっていく。

 と、そこで。


「う、う~ん」


 ママの体が動いた。腕立て伏せみたいに、手を突っ張って体を起こそうとする。


「ママ! 動いて平気なの?」


「……ふらっとしただけよ。大丈夫」


 良かった。意識もシッカリしてる。

 

 その後、ママを助け起こし、床に座らせた。受け答えもハッキリしてるし、体の異変もないと本人も言ってる。


 少し安心すると、涙が出てきた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] これは嫌な予感がぷんぷんと 今度は星架のほうかー!
[一言] 今度はこちら側へ行くのか
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