178:ギャルがデザインに迷う
まずは重井さんのリングを作ることになった。
モールドと呼ばれるシリコン製の型枠に、レジン液を流し込んでいく。スポイトで水を垂らすかのように慎重な手つき。自身のまん丸お手々が邪魔で、微妙に見づらそうだ。
「半分くらい入れたら、装飾を投入しましょう」
僕の例をそのまま採用して、ドライフラワーを小さく切った物をピンセットで封入していく。彼女の好きなラベンダーが運良くあったのも決め手になった。
ちなみに何故ラベンダーが好きなのかと聞くと、「美味しいから」と返ってきた時は絶句してしまった。確かにラベンダーを使ったお菓子とかあるけども。
「入れ終わったら、上から更にレジンを注入して下さい」
「ねえ、これってさ、レジンでビショビショになったりしないん?」
横から覗いていた星架さんの素朴な疑問。
「ああ、沁みますよ。紙とか入れるときは専用のコートを塗ったりします。ええっと、確か」
僕は立ち上がって机の引き出しを漁った。乱雑に物が入っている中から、1つのエッグ型のレジンアートを取り出す。それを作業机の上に置く。
「んん?」
星架さんが覗き込む。紙で作ったウサギや鳥が、中に封入されている。
「へえ、可愛い」
「姉さんの作品です。試しにやってみたいって言うから、教えたんですよ」
「ああ、春さんの作品なのか。相変わらず仲良いよね、姉弟で」
星架さんが微笑ましそうに言う。洞口さんもいつの間にか傍に来て、興味深そうに見つめている。
「最初は叔父さんに教わろうとしたみたいですけど、製作途中の作品を見てしまって。そっ閉じして、こっちに来たんですよね」
ちなみに、そのとき叔父さんが製作していた作品は……テカリンピックの競技中の、ショーケースに頭を突っ込んだ4人のおっさん達。ターンテーブルに乗せてあって、スイッチを押すと爆速で回転しながらテカリン、テカリン唱える仕掛けまでついていた。昨年のカオスデザイン賞&大賞のダブル受賞の栄冠に輝いた傑作だ。
「ひでえ。夢に出てきそう」
洞口さんの感想が飛んでくるけど、曖昧に笑って話を先に進める。
「で、この動物たちは紙で作ってるんですけど、レジンが沁みて色が変わったりしないように、コーティングをしてあるんですよ」
「なるほど」
「今、重井さんが入れたのは、ドライフラワーですから、紙のように弱くないです。それに仮に少し濃くなっても、元が紫なので目立たないし、そのままで良いと思います」
と、説明を終える。
「星架さんもここら辺を踏まえて何にするか決めたら良いと思いますよ」
「うん、そうだね。しかし、紙や花まで入れられるんか。すげえな、無限の可能性じゃん」
ね。レジンの創作自由度には本当に舌を巻く。世界中で愛されるにはワケがあるってことだ。
「最悪、何も浮かばんかったら、クッツーの叔父さんの鬼やべえヤツ、オマージュさせてもらったら良いんじゃね?」
「結婚記念日に鼻の頭テカテカのおっさんが入った指輪かあ…………離婚しちまうだろ、アホ!」
星架さんがノリツッコミした後、洞口さんの頭に軽いチョップを落とす。
「まあ、湿った鼻を入れるくらいなら、無難でも乾いた花にしておきましょうか」
僕がそんな軽口を叩くと、みんな笑ってくれた。
そして重井さんと僕は次の工程へ。
UVライトを持ち、照射のやり方を教える。ライトは覗き込まないよう注意喚起して、いざ実践。と言っても本当にただ当てるだけなので、あまり言うこともない。
「これで固まったら完成?」
「そうですね。あとはモールドから取り出して、バリを取って研磨して……」
まあでもその工程も大した難易度じゃない。やってみると意外と簡単って、姉さんに教えた時も言われたっけ。
そんな感じで作業を進めていって、
「できたー!」
「こっちも大体終わったぞ」
重井さんのリングが完成。それに合わせたようなタイミングで洞口さんのちぎり絵も出来上がったみたいだ。
二人とも僕の前に作品を持ってきて、出来映えの確認を求める。「どうすか? 先生」なんて茶化してくる洞口さんに苦笑しながら、
「うん。すごく良い感じですね。白い雲に赤い夕陽がぼんやり滲んでるような淡い感じが、上手く出来てます。初めてでこの出来は凄いですよ」
感じたままに褒める。洞口さんが嬉しそうな、だけど少しだけはにかんだ笑顔を見せてくれた。
「重井さんも、すごく綺麗な円を作れてます。丁寧に研磨してあるからですね。中の装飾も均等に配置できてますし、見映えもとても良いですよ」
重井さんにも称賛。えへへ、と満面の笑み。
「……」
またも星架さんが僕と洞口さんの間に入って、肩をぐっと押してくる。ええ? 作品を褒めただけなのに。と反論しようものなら、また頭突きが飛んできそうなので、やめておく。
結局、二人は自作を完成させ、ウキウキで持ち帰った。けど星架さんは、もう少しご両親の為にデザインを考えるということで、この場はお開きになった。