165:ギャルとウマイ飯を食べた
翌日。世間はいわゆる一つの盆休み期間に突入した。
洞口さんも今朝のうちに祖父母のお家へ出発したそうだ。さっきグループレインが来てた。海沿いを走るローカル線の車窓から撮った水天一碧の美しい写真も添えられてた。エモかった。
そして彼女とは対照的に、帰省の予定もない僕たちは、今日も今日とて、家でまったり過ごしている。リビングのソファーに僕、星架さん、姉さんで座って、漫談するだけの朝。
ちなみに、父さんと母さんは日頃の疲れを今日で全部取ろうというのか、正午も近い時間なのに未だ熟睡している。
「しっかし……呼んで欲しかったよ。ウチの可愛い弟をコケにしてくれた連中が観衆に笑われてる姿、生で観たかった」
姉さんに昨日の報告をすると、大喜びで動画のアーカイブを観始めた。
そして一頻り爆笑した後、飽きたのか顔を上げ、今のセリフを言った。
「う~ん、姉さんに話すと、父さんたちにも知れるし、そうなると止められそうだったから」
責任ある大人として、息子が復讐に向かうと言うのを黙って見過ごすのは、まずないだろう、と。
「ね。復讐いってきま~すとは言いにくいよね。世間的には後ろ暗い行動だろうし」
星架さんも援護射撃をくれる。
まあそうだろうけどさ、と姉さんも頭では納得してる様子だけど、顔は渋かった。
と、その時。星架さんのスマホがレインのメッセを着信。僕の方も遅れて来るかな、とスマホを見たけど、来ない。相手は幼馴染グループじゃないのかな。
携帯を2、3操作した星架さんはニヤニヤと悪い笑みを浮かべる。どうしたの? と目で問うと、
「ナイスタイミングで莉亜から。見てみ?」
その半笑いのままスマホを渡された。姉さんと一緒に覗き込む。
『これ、灰塚とかいう猿の裏アカ』
という文面と、その下にリンク。
指でタップして、そこへ飛ぶと、確かにツイスタのアカウントだ。そして最新の呟き。
『ドロップアウトしたヤツが美人ギャルのカノジョ持ちで、俺ら鼻の頭テカリンピックっておかしいだろ。世の中間違ってるわ』
という吐き捨てるような投稿。ふふふ、と姉さんの笑い声。僕も思わず頬が緩む。
すごいなあ、ざまあジャンボ。まだ終わってなかった。前後賞まで貰ってしまった。
「もしかしなくても、持田クンたちが何の気なしにアイツらに言ったんじゃない?」
有り得る、というか可能性としてはそれくらいしか考えられないか。あの横中東で会った日のこと。世間話の延長くらいのつもりで、話してしまったんだろう。それで見下してる僕に先を越されたのが悔しくて、自分たちもカノジョを作ろうと行動を起こした。
姉さんと星架さんも同じ推測に至ったらしく、納得顔をしている。
「なるほど……あんなに簡単に莉亜の釣り針に掛かったのは、そういう背景があったのか」
「てことは、とっくにプライド傷つけちゃってたんだ。ウケるわ~」
二人ともウッキウキで言葉を交わし合ってる。
「ていうか星架ちゃんのお友達、仕事でき過ぎでしょ」
「ね。アフターケアまでしてくれてるとはアタシも知らんかったけど」
園田さんは予想以上にすぐ成果が出たから、報酬を貰い過ぎだと思ってたんだよね。だから多分、僕らとの繋がりを勘付かれてないかオマケでチェックしてくれてたんだと思う。そしたらオマケに更にオマケがついてきた、と。僕としては昨日のうちで整理はついてただけに、本当に望外の前後賞だった。
「よし! 昼は丼飯にしよう。3杯は固いわ」
メシウマってヤツか。まあ確かに。生命力が漲ってる感じはある。人の不幸は蜜の味っていうけど、その心は、要するに自分の方が充実した生を謳歌してるっていう優越感のことなのかも。
「康生、頼んだよ!」
「そこは自分が作ってあげるって言う所じゃないの? 春さん」
「作っても良いけど、ちゃんと残さず食べてくれる?」
僕は慌てて星架さんの肩に手を置いて、こっちに引っ張る。姉さんの料理なんて食べさせたら、僕の星架さんが卒倒してしまう。
星架さんも姉さんのセリフと僕の反応とで、大体察したみたいで苦笑い。
「大丈夫、僕が作るよ」
家族にも何か恩返ししたいと思ってたところだしね。お盆休み中は出来る限り家事を率先してやるようにしよう。
「んじゃ、アタシも手伝う」
「うん、ありがとう」
僕たちはキッチンに並んで立つ。親子丼かなあ、と僕が言うと、
「あ、アタシが次に挑戦しようと思ってた料理」
星架さんが食いつく。なるほど、良いチョイスだと思う。
「じゃあ一緒にやりましょう」
「うん!」
「……ふふ」
小さな笑い声が聞こえてきて、
「炒飯の時も思ったけど……良いお嫁さんが来てくれそうだね? 康生」
そんな風に姉さんにからかわれた。
その後、ちょうどお昼に下りてきた父さんと母さんも交えて、昼をとった。親子で親子丼。「本当に星架さんも父さんたちの義理の娘になってくれたら良いな」なんて、気の早いことを思った。