162:ギャルに潮時を告げた
ぼんやりと2セット目を眺めながら、僕は急速に彼らから興味が失われていってるのを自覚する。
なんか、あんだけ大きな敵のように感じていた黒瀧も、ただの人なんだなって。
……思えば勝手に彼や彼等を、あの学校全体の悪意の権化のように感じて、大きくしていたのは他ならぬ僕だったのかも知れない。
彼個人、あるいは彼のグループの全員、色欲に負け、怖い人には逆らえずに流されて、テカリンピックに翻弄されている。何てことはない。ただのちっぽけな、僕と変わらない16歳の少年だ。
「あんなのにビビってたのかって思うと、バカらしいべ?」
洞口さんがニヤッと勝ち気な笑顔で言ってきた。
「そうですね。相手もただの人。なのに、あの時は学校全体が敵になったかのように錯覚してしまって、大きなファントムにでも睨まれてるみたいに感じて」
考えていたことが、スルスルと言葉になって出てくる。とても自然に胸襟を開いていた。以前の僕だったら……どうだろう。まずビビっていたという所から、意固地になって認められなかったんじゃないかと思う。なのに、今はただの事実として認識できていた。
星架さんがそっと腕を撫でてくれる。僕の氷を溶かしてくれた、その温もり。
「テカリワン、黒瀧くん」
2セット目も彼が連取した。中継カメラがズームして彼を大きく捉えた。汗を溜め込んだ鼻の頭がスマホの画面一杯に映る。
「テッカテカじゃん」
「はい。鉄火丼ですね」
「鉄火丼は違うだろ」
洞口さんのツッコミに被さるように、わあっと場内に歓声が上がった。3セット目を待たずして、黒瀧のブロック1位通過が決まったみたいだ。圧倒的だ。
最初は恥ずかしさや、やらされてる感が拭えなかった彼も、今や誇らしげに指を1本突き立て、観客にアピールするまでになっていた。
彼にも、もしかしたら。人から認められたい、人より秀でたいという渇望があったのかもしれない。進学校の中で、勉強では一番になれず、半端に悪ぶっても周囲から一目置かれたりすることもなく。
そんな中で今日、彼は自分が輝ける場所に出会った。
望んだ形とは全く違うだろうし、合コンの「ご」の字もないけど。それでも、これが彼の中で何かのキッカケになればと思う。
彼と関わって傷つく、僕のような人が今後一人でも減ってくれることを祈って。
そして彼自身にしても、今より状況は良くなるハズだ。無理に合コンなんかしなくとも、自然と女の子との縁も築けるような……
「きっしょ! 鼻の頭テカテカで気持ちよくなってるとか、どんだけ自分を客観視できてねえんだよ」
「うわ……メッチャ臭そう」
女の子との縁も……
「康生は、あんなの絶対出ちゃダメだかんね? 再起不能だよ、あれは。一生デジタルタトゥー残ってモテねえだろうな」
「わかる。仮に知らずに付き合っても、こんなん隠してたって分かったら、詐欺罪で訴えるよね」
女の子って……こういう時、本当に容赦ないよね。
最終順位が決まりAブロックの勝ち抜けは、黒瀧と灰塚(地味にテカリツーでポイントを稼いでた)の二人だった。まさか彼らにこんな才能があったなんて。
けどまあ、もういいかな。僕は立ち上がった。
「帰りましょうか。飽きちゃいましたし」
「え? いいの?」
園田さんが意外そうな顔をする。
「もう十分、復讐は果たせました。これ以上は時間の無駄です」
そう答えながら、僕はスマホの画面をみんなに見せた。
「同接、メッチャ減ってるでしょ?」
「あ、ホントだ」
「すげえ減り方。つか最初だけか?」
洞口さんの推測通り、大抵この催しは最初の2セットくらいしかマトモに観られない。
「みんな、もしかしたらあのクソゲー、少しは面白くなってるかな? って確認に来るんです。で、軽く観て、やっぱゲロほどつまんないなって確認して帰っていく」
「競技として破綻しとんな」
「まあ、それでも少しの時間で他人を見下せるからコスパは良いし、運営側も投げ銭で儲かるから、ウィンウィンですけどね」
確かに父さんの言う通り、割と恐ろしいビジネスモデルかも知れない。
「まあとにかく。長く観て楽しむものではないって事ですね。それに自分でも不思議なくらい、彼らへの感情が穏やかになってしまって。なんかこれ以上は、観てても可哀想で」
と、その時。ちょうど始まったBブロックの第1セット、残り2人の元クラスメイトが登場した。
撤収の準備をしながら、横目に観る。彼らも僕に仕事を押し付けた時、ヘラヘラ笑っていた嫌なヤツら……のハズなんだけど、やっぱりもう殆ど憎しみは湧いてこなかった。
「かーっつ!」
黒瀧と同じ轍を踏んで、飛んできたエセ坊主にケツをしばかれる音が館内に響き渡った。




