160:陰キャの仇が晒し者になった
<星架サイド>
何も分からないまま試合の準備が着々と進んでいく。まずはスタッフの手により、コートに4つのショーケースが運び込まれた。ガラス張りの、コンビニのレジ横なんかで見かけるヤツだ。
「ショーケースに見えるんだけど?」
「そうですね。あの中でガンガンにヒーターを焚くんです」
なぜ?
「で、そこに選手の顔を突っ込ませるんですね」
なぜ?
「そのまま規定時間まで待って、鼻の頭のテカリ具合を競い合うんです」
なぜ?
顔中に疑問符を浮かべているアタシら3人を余所に、準備は着々と進んでいく。延長コードで繋がれたフライヤー用ショーケースの中にオレンジ色の光が灯る。ヒーターが入ったようだ。
と、そこで、観客席の反対側、コートを挟んでアタシらの正面、そこにカメラクルーが陣取る。大きなカメラを2人がかりで設置してる。
「あ、マズイ。顔が映ったりしたら」
そう言いながら康生がボディーバッグをガサゴソし、マスクとキャップを取り出した。まさかこんな形で役に立つとは。アタシにキャップを貸してくれて、自分はマスク。千佳も同じくキャップ被って来てたから、それを深く被り直した。残る莉亜にサングラスを貸そうとしたけど、全く似合わないので、彼女はハンカチを口元に当てて俯いておいた。
「つーかテレビとか入ってんの?」
「ネット中継ですね。えっと……」
康生がスマホを軽く操作する。全員に見えるように千佳の前あたりに持って来て、斜めにした。
リアルタイムの映像と、横のコメント欄。結構な数の同接がカウントされている。
「知らんかった。謎の人気があるんだな」
と、そこで向かい側のカメラが下方のコートに向いた。準備の間、脇に控えていた選手たちが改めて入場してきたようだ。初戦から元クラスメイトたち4人のうち2人が組み込まれている模様。彼らは俯き加減に、他の2人の選手は堂々と歩いている。
「がんばれー!」
「恥を知れー!」
「人生を棒に振るなー!」
「国辱集団がー!」
客席からも声が掛かった。
「応援も熱が入ってるみたいですね」
言うほど応援だったか。
そうこうしているうちに、4人の選手がそれぞれ、所定の位置(ショーケースの前)についた。そこにスタッフが駆け寄り、油取り紙で念入りに選手たちの顔を拭いていく。
「あれは?」
「先テカがないように、全員フラットな状態にするんです」
「先テカ……」
何となく分かってしまったのが辛い。要するに入場時に既に汗をかいてる奴が居たら、そいつが有利になってしまうから、全員拭いてリセットするって事だと思う。
「さ、始まりますよ」
コートの端、首からホイッスルを下げた女性が歩み出てきた。
周囲の喧騒もピタリと止んだ。そして一瞬の静寂の後、
「よーい、始め!!」
と、よく通る声で開始を宣言した。いや、笛吹かねえのかよ。
4人の選手は一斉に、ショーケースを開き、顔を突っ込んだ。
「テカリン、テカリン、テカリン、テカリン、テカリン、テカリン……」
「テカリン、テカリン、テカリン、テカリン、テカリン、テカリン……」
選手たちがケースの中で呪文のように、ひたすらテカリンと繰り返している声を、ケース上部に取り付けられたマイクが拾ってる。
「なになに? 怖いキモい」
千佳が虫の死骸でも見るような目をしてる。
「ずっと言い続けるルールなんです。カバディと同じようなものです」
「それは……カバディに謝った方が良いと思うよ?」
莉亜もドン引きしてるみたいだ。
「けど、アンタの元クラスメイト……」
「はい。言ってませんね。照れがあるんでしょう」
「いいの?」
「ダメですね。仏罰が下ります」
「そんな大袈裟な!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。だって仏罰って。こんな醜い衆生の見本市みたいな場に、いや逆にだからこそ下すのか? とか考えてると、
「かーっつ!!」
突然コート袖から飛び出してきた坊さんが、警策で元クラスメイト二人の尻を立て続けに叩いた。パシーン、パシーンと乾いた音が響き渡る。おお、とどよめく場内。
「ぐああ! く、くそお。テ、テカリン、テカリン、テカリン、テカリン、テカリン……」
悪態をついて、だけど尻だけショーケースから出ている状態では為す術もなく、結局、掛け声を発し始めた。確か黒瀧とかいう、康生に仕事を押し付けやがった張本人らしいけど、完全に形無しだな。
もう一人の方、猿顔の灰塚も倣うように続いた。
と、更に事態は動く。最初から競技に集中してた他の2人の選手が、両拳を握って、それを左右に振るようにして、お尻と下半身をプリプリ動かし始めた。顔を動かさずに踊っている格好か。
「あれは?」
「運動して、少しでも鼻の頭から汗を滲み出させる作戦です」
「ルール上、問題ないの?」
「はい。顔を出したり、ケースの中に手を入れたら反則。掛け声を出さなければ仏罰。ですが、それ以外の自助努力は大丈夫です」
なるほど。しかし客席から見ると、ショーケースから生えた首から下の人体が、中腰のまま調子をつけて、ケツを振りたてて踊る光景が広がっているワケで。
「これは……とんでもない所に来てしまったな」
という千佳の感想は、だいぶ今更だった。