15:ギャルと気まずくなった
あれから家に帰ると、しばらくして彼女からレインが来た。『ゴメン』とだけ。僕は怒った理由を訊ねたけど既読スルーだった。
そしてそのまま5日が経過した。学校でも当然話しかけられないし、しつこくレインする勇気もなかった。
まあ元の生活に戻っただけじゃないか、と。そうも思うんだけど、やっぱり凄く納まりが悪いんだよな。たぶん僕の言葉で泣かせてしまったらしい事、そしてその理由が未だ分からない事に対する罪悪感。そして何より……楽しくなり始めてたんだよな。また友達を作ろうかなって気になった。そうさせてくれた相手を怒らせているって状態が、凄く居心地が悪いし、悲しい。
「あ」
「……」
トイレから戻って来た溝口さんと、教室を出ようとした所でぶつかりそうになる。すいませんと謝る前に、そそくさと脇を抜けられてしまう。まだ怒ってるというより、僕と同じで何だか寂しそうな顔をしてこっちを見ていた。
先週の件が、怒って帰った彼女自身にも暗い影を落としているのか。僕の自意識過剰でなければ、やっぱりこちらからアクションを起こすべきなんだろうか。追いかける。追い縋る。クラストップの美少女ギャルの彼女を。無視されようが、クラス中からストーカーと蔑まれようが。そんなことが出来るんだろうか、臆病者の僕に。
そこまでしなくちゃダメなんだろうか。勝手に怒って勝手に帰って、こっちが理由を聞いても無視する相手に、追い縋って何になるのか。そういう気持ちも確かにあって、でも先述の罪悪感や虚しさもあって。毎日、登校する前は今日こそ話しかけようと決めて家を出て、臆病の言い訳を探しながら帰宅する。そんなことを繰り返していた。
だけど今日こそ。
放課後のホームルームが終わると、僕は勢いよく立ち上がった。彼女の方も立ち上がっていて、園田さんと一緒に帰るところのようだ。出来れば一対一で話したかったけど、言ってられない。
直接話しかけてダメだったら、もうそこで終わり。義理は果たした、で良いや。しつこくしなければクラスの皆に嘲笑されることもない、ハズ。心の中で自分の頬に張り手をかまして、いざ。
という所で、
「ちょい待ち」
制服の裾を引かれ、カクンと膝が落ちそうになる。振り返ると洞口さんが居た。
ほれ、と缶コーヒーを投げられる。ドラマのワンシーンみたいだなと思いながら、受け取る。キンキンに冷えていて、熱の籠っていた掌にちょうど良かった。六月に入ったばかりだというのに、本当に暑い。今年は猛暑確定だろう。
「お金、払いますよ」
「いいって。ウチのワガママで来てもらったんだし」
「……ご馳走様です」
「んで。まあ分かってると思うけど、星架のことね」
「はい」
「あー、ウチとしてはどうしてもあの子側に立っちゃうから、アンタに若干ムカついてしまう気持ちもあるんだけどさ」
ひえ。マジでこれはイジメというか、カーストトップの彼女らに嫌われたって事だろうか。今までも怖くなることはあったけど、今回のはガチかも。最悪、学校辞めて高認、大学ってパターンかな。いやいっそ、大学は行かないでそのままモノ作る方が良いかも。
「でもまあ、それが沓澤クンの立場からはかなり理不尽なのも理解してるつもり」
「……」
いや、割と理性的に話が進みそうだ。殴られたりとかは無いかな、多分。
「えっと、洞口さんは事情は全部わかってるんですか?」
「うん。小学校んときからの親友だかんね。あの子が病弱だった頃も知ってる」
「……病弱」
今の溝口さんからは想像もつかない。いつも堂々としてて、明るく元気で……いや、最近はからっきし元気ないけど。
洞口さんはジッと僕の顔を見つめている。何かを探るような、真剣な目だ。気圧されて、思わず一歩下がった。
「なんか思い出す事とかない?」
「そう言われても……」
正直、こっちとしては全く要領を得ない。彼女の意図が分からない。溝口さんの過去話をするのかと思えば、どうもそれも続けるつもりはなさそうだし。
「沓澤クン、忘れっぽいとか言われたりしない?」
「家族からは特には。友達は居ないので……」
「あー。それはゴメン」
謝られても。
「まあこれ以上は当人同士だな。はい」
洞口さんが紙切れを渡してくる。地図のコピーだった。
「赤丸つけてるとこが、星架の家だから」