149:ギャルが中ボスを倒した
……お金がない。
動画配信は順調に滑り出した(星架さんの宣伝が入ったから)けど、収益化までは足りない。お給料(製作所の仕事を手伝った分は、他の職員と同じく給料日にもらえる)も月末まで待たないといけない。
お祭りに、快気祝いの製作費にと、じゃぶじゃぶ使ってしまったのが効いた。キャンプのための積立金も痛い。僕たちの参加費に加え、洞口さんの分は感謝を込めて僕と星架さんの折半。重井さんも参加するから、バーベキュー代は多く見積もってなきゃダメだろうし。
そして星架さんも仲良く金欠。彼女は彼女で、浴衣や髪飾りの購入費用が嵩んでいたところに、僕と同じく、キャンプの積立金がダメ押しになったみたい。
そういった事情から、僕たちは絶賛巣ごもり中だった。まあ今年の夏は信じられないくらい暑いから、逆にそれで良かったのかも知れないけど。
「浮田さんさあ……」
僕の部屋で「おいこめっ! どうかつの森」の続きをやっている星架さん。ちょうど中ボスの浮田さんを倒したところだった。
この浮田さん、病気の娘の医療費を稼ぐため、やむなくアウトローライフに足を踏み入れたという経緯がある。星架さん、少しウルウルしてる。娘さんの病気という設定に、少し自分を重ねてるのかも知れない。
付き合い始める前から薄々は気付いてたけど、割と感情移入しやすい人みたいだ。
ゲーム内ではイベントムービーが始まった。
『俺も心のどっかでは、いつまでもこんな事してて良いハズねえって……分かっちゃいたんだ』
路地裏に大の字で倒れこんでいる浮田さんが、顔を歪めながら想いの切れ端を吐露した。雑居ビルの合間に切り取られたような夜空には星は殆ど瞬いていなかった。
『俺は弱い人間だ。娘の病気が寛解してもズルズル続けちまって。親父や兄貴に義理があるって言い訳しながら……結局、ただ逃げてただけだ』
ゴフッと咳き込み、血の塊を吐き出した。
『アイツの父親として真っ当に働いて、稼いで、家に帰ったら、当たり前にただいまやおかえりを言い合える……そういう道から』
手を伸ばす。見えない星を掴むかのように。
『汚れたこの手じゃよぉ、そんな資格ねえんじゃねえかって』
星架さん、完全に見入ってるな。
と、そこで浮田さんの瞳から急速に光が失われていく。限界が近いようだ。
『なあ、敵のアンタにこんなこと頼むのは筋違いだって分かっちゃいるけどよ……娘に何かあったら、力になってやっちゃくれねえか』
発言を受けて、選択肢が出てくる。
『いいよ!』
『いやだ!』
の二択。
「なんか、中途半端に幼児向けの皮を被ろうとしてるから、主人公の受け答えがサイコパスなんだよな、いっつも」
確かに、事の重大さを全く理解していないような軽い選択肢になってしまっている。まあこのシュール感を楽しむのも乙、というのがマニアの評だけど。
結局、星架さんは『いいよ!』の方を選択した。まあ大体のプレイヤーがそっちを選ぶよね。
それを聞いた浮田さんは、安心したように微笑み、そしてそのまま腕がダランと地面に落ちた。そこでムービーは終わる。暗転した画面に、少し気落ちしたような表情の星架さんが映った。
場面が切り替わり、シマにある主人公の自宅にリスポーン。
『浮田の日本刀と280000Gを手に入れたよ』
『キャラクター図鑑の浮田晃司の項目が更新されたよ』
『シマに新しいお友達がやってきたよ。挨拶させよう』
テロップが出てくる。
「いや、おかしいだろ。なに死体漁りしてんだよ。そういう所やぞ、このゲーム」
「結構、簡単にライン超えますよね」
人気のあるゲームは、こういう題材を扱っても、彼のような仁義のある人に対しては礼を失さないバランス感覚を持ってるものだけど、このゲームにはそういうのが一切ない。ここら辺が、どう足掻いても一般ウケしない要因だと思う。
「そもそも殺す必要あったか?」
「まあ、そこは。殺らなきゃ殺られてたんで」
「そうだけどさあ……娘ちゃんからパパ奪っちゃったじゃん」
星架さんとしては、やっぱそこが気になるか。ネタバレになるから言わないでおくけど、その後の娘さんのケアとかも特に描写がないんだよね。
そもそもこのゲーム、子供向けの癒しゲームを作ろうというコンセプトで始まったんだけど、途中で外部委託の開発チームと揉めて喧嘩別れ。仕方なく自社内の別チームのおっさんを8人くらい連れてきて、イベント部だけ独立して作らせたという経緯がある。そしてそのイベントをキッズゲームの土台に無理矢理ねじ込んだモンだから、こんなキメラになってしまったんだ。ただその経緯の特殊さから、一部マニアの間では「再現性のないゴミ」として高い評価を得ている。
改めてそんな解説をすると、星架さんは少し考えた後、
「取り敢えず、しばらく続きはいいかな。横倉さんにネタバレ喰らった所までは進めたし」
と総括した。