148:陰キャが配信デビューした
<星架サイド>
あの後、いつの間にかソファーの上で二人、眠ってしまったみたいで。夕方にママが帰ってきて、呆れたような声で起こされたのだった。
「じゃあ今日一日ずっとイチャイチャダラダラしてたワケ?」
「まあ大体」
一応はテレビで野球観戦してたハズだけど、試合展開はおろか、どの高校が勝ち上がったかも知らない。ぶっちゃけ観てなかったし。
まあでも個人的には、ひたすら触れ合って、幸せを感じられた一日は有意義としか言いようがなかった。だから全く後悔はないんだけど……
「康生のチャンネル開設と、アタシの動画編集」
忘れてたよね。その名目で来てもらったのに。
「はあ~。夕飯まで時間あるから、その間にやっちゃいなさい」
「はーい」
「康生クンも、ご飯食べてくでしょ?」
「え? そんな。悪いですよ」
康生としては半日以上イチャイチャの為の場所を提供してもらって、おまけに晩御飯までとなると、恐縮してしまうのかも知れない。だけどそこはママの押しの強さ。
「気にしないでちょうだい。前は星架がそちらのお宅で御馳走になったし、他にも色々とお世話になってるんだから。ね? 食べて行きなさい」
康生を探し回った日の、出前のお寿司の件を言ってるらしい。義理堅さ……も勿論あるんだけど、ママの場合、見栄みたいなのも多分に含まれてるんだよな。
結局、康生がママのパワーを跳ね返せるワケもなく、なし崩し的に頷かされていた。気の毒かなと思ったけど、夕飯まで一緒に食べられるという魅力的な展開を思うと、つい介入できなかった。ごめんよ、康生。自分の欲望優先のカノジョで。でもアンタが好きで好きで、好きすぎて、一秒でも長く一緒に居たいからなんだよ。
康生はリビングから廊下へと出て行った。明菜さんに電話で、今日の夕飯は要らない旨を伝えるために席を外したんだろう。
戻って来た時には少し疲れた顔をしていた。これは多分、怒られたな。時計を見ると5時を回った辺り。明菜さんも夕飯の準備を始めていたとしたら……まあもっと早く言えと怒りたくなる気持ちは分かる。
「えっと、取り敢えず開設しちゃおうか」
「はい」
気を取り直して、ソファーに並んで座る。康生のスマホを借りて、ちょいちょいと操作。まあ彼も別に機械音痴ではない、というか教えれば恐らく自分で出来るんだろうけど。誘った手前やってあげたい、という気持ちが強かった。あと、お互いの携帯を自然に触れるように慣れていこうかなと。
検索履歴とかから、色んな好みを探ろうとか、そういう邪な考えは……無きにしも非ず。うーん、順調にヤンデレ束縛カノジョ路線を突き進んでるな、これ。
「結構、簡単なモンですね」
「まあ難しかったら、こんなに配信文化も普及してないでしょ」
とは言え、ユルチューブは外国企業だから、どうもUIが不親切に感じられる部分もあるけどね。
「今までこっち方面はノータッチでしたからね。何から何まで、ありがとうございます」
まあ、この子が匿名のコメントに触れる場を今まで忌避してたのは当然のことだけどね。思えばツイスタにも、ある種アレルギーがあったのかも。最初の頃はアタシのアカウントもあんまりチェックしてくれてなかったし……って、やべ。またヤンデレスイッチ入りかけてる。
気を取り直して、次のステップ。設定周りを使いやすいように弄っていく。それを真横から見てる康生。
モチッとした頬がアタシの頬に当たって、また癒される。覗き込みながら甘えてくるという高等テクニックに、頬擦りで応えた。あったかい、やわらかい、しあわせ。
そこで視線を感じて、ふとスマホから顔を上げると、ママがとても微笑ましそうにアタシたちを見ていた。お、親にイチャイチャを見られるのって、中々に恥ずかしいな。
アタシは誤魔化すように伸びをして、少しだけ康生から離れる。
「じゃあ動画あげてみよっか」
「え? ついに?」
ついにって程でもないけど。まあ康生からしたら、そんな心境か。
アタシはリビングの端、PC机に向かう。康生もスマホを両手で持って、ちょこちょこついてくる。
PCからも康生のアカウントでログインして、幾つかのショート動画を上げた。康生が家で撮って来たもので、商品や趣味の創作物を20秒程度、前後左右から映した内容だ。
「お、おお。こっちにも反映されました」
スマホで確認した康生。わはあ、と感嘆と笑いが混じったような声を上げている。初めてオモチャを与えられた幼児みたいなキラキラした笑顔。アタシはそれに癒されつつ、グループレインで千佳と雛乃に康生のチャンネルを開設した事を知らせた。
「あ! もう2再生ついてますよ! すごい!」
「ごめん、雛と千佳だと思うわ。今さっき既読ついたし」
口が「あ」の形で固まってしまう康生。間抜けなその顔が愛おしくて、アタシはママの視線も忘れて、またキスの雨を降らせるのだった。