147:陰キャを溺愛した
<星架サイド>
翌日の月曜日。今週末からお盆休みということで、道行く会社員たちもどこか浮足立っている感じがする。とは言え、とっくに夏休みをエンジョイしてるアタシたちにはピンと来ない話だけど。
……まあ盆の実感が湧かないのは、我が家だけ今年は帰省が出来そうにないってのも大きな要因かもだけど。あと、ママも普通にシフト入ってるし。流通業に盆暮れ正月は関係ないそうで。
けど良いこともある。付き合いたての康生と、ようやく二人きりになれた。
もちろん、付き合えるまでにお世話になった千佳たちに報告と感謝の催しはマストだった。周囲のみんなに祝福され、応援される関係でいたいから。付き合えた途端いきなり自分たちの世界だけに閉じこもってしまうのではダメだ、と。
だからこの二日ほども間違いなく必要な時間だったんだけど……やっぱ二人きりの時間も恋しくなっていた。贅沢な話だけど。
そしてそれがこの三日目にようやく叶ったワケで、そうなるとなんか歯止めが効かない。
「康生~、ん~」
ソファーに座ってる康生の横から抱き着き、唇を尖らせてキスをねだる。
さっきから何度となく同じことを繰り返してるけど、全く飽きない。
唇で触れ合うだけの軽いキスを交わし、そのままモチモチほっぺもハムハムする。
相変わらず堪らん柔らかさだ。歯を立てないように気を付けて頬張ってると、口の中で少しだけ硬くなる。康生が笑って口角が上がったせいだ。
「くすぐったい」
顔を傾けて逃げられてしまう。ああ、もう少し堪能したかったのに。
「康生、ほっぺにパスタソースついてるよ?」
昼ご飯のパスタは、康生がウニクリーム、アタシはミートソースだった。
「うそだ。さっきからキスされまくってるのに残ってるハズないです」
ぐぬぬ。知恵をつけおったか。ソフトクリームの時はまんまと騙されてくれたのに。
「いいから、ほっぺモチモチさせろ」
「わあ!」
アタシは襲いかかって、康生をソファーの上に押し倒す。そして、素早く反対側に回り込むと、膝の上に彼の頭を乗っけてしまう。とてつもなくアグレッシブな膝枕の完成だ。
いつか恋人が出来たら膝枕とかしてあげたいな、って思ってたけど、まさか初膝枕がこんな無理矢理になるとは。
だけど、そこからは康生も大人しくて、ただただアタシに頬や髪を撫でさせてくれる。
「……意外と髪硬い方だよね」
「そうですね。父さんもじいちゃんも剛毛ですから。ハゲないんじゃないかと」
父方の祖父が重要とか聞いたことある。だからこの場合、康生もハゲない可能性が高いってことか。
「ハゲても見捨てないから、大丈夫だけどね」
「ふふ。それは良かったです」
笑顔になった頬をまたも触りまくる。だらーんと体を預けてくれる康生。年老いて大人しくなったゴールデンレトリバーみたいだ。お団子をこねるように、フニフニし続けていると、突然。
「あ」
摘まんでいた指が弾かれた。見ると、康生がハリセンボンみたいにプクッと膨らんでいた。
「か」
「か?」
「可愛すぎ!! なんでアンタそんなに可愛いの!?」
アタシは首を曲げて、康生の顔中にキスの雨を降らせる。おでこにスタンプでも押すように三度、チュチュチュと立て続けに。下りていって瞼の近くに。鼻のつけ根と頭にも一回ずつ。両頬にも勿論。最後に唇に吸い付いて、上唇をハムハム。下唇もハムハム。
窒息から逃れようと頭を上げた康生を、今度は胸の内にギューッと掻き抱く。ふごふごと藻掻く吐息がこそばゆかった。
そうこうしてるうち、康生も息がしやすい角度を見つけたようで、動きが止まった。アタシの左胸に耳をつけるようにして、抱き着いている。
「……」
「……」
小休止。アタシの発作もおさまってきた。
「……あったかい」
「うん」
ドキドキもしてるんだけど、なんか幸せで胸が一杯になってて、意外なほど恥ずかしさを感じない。あの日、傷を癒すために抱き締めたのと同じ構図ってのもあるのかな。愛おしさが勝っちゃうっていうか。
「星架さん」
「ん?」
「大好きです」
ドキッと心臓が跳ねた。不意打ちはズルい。穏やかな愛おしさから、急に燃え盛る恋のスタッカートに転調させられる。
「ふふ、心臓、速くなってます」
「この! アタシの心臓で遊ぶんじゃないの!」
右頬を摘まんで、もちーっと伸ばす。
「いひゃい、いひゃい」
まあでも。
「アタシも、大好きだよ康生」
また飽きもせず、アタシたちは唇を重ねるのだった。