145:陰キャの存在を匂わせる
<星架サイド>
本格的に作業に取り掛かる前に、カバンを漁って、グネグネ曲がる三脚を取り出した。ごく小さい物で、スマホやデジカメを載せる用だ。康生が怪訝そうに見てくるので、
「折角だから、作ってるところ撮影して、動画で上げようかなって」
意図を説明した。
「ああ、なるほど」
「軽いジャブっていうか、アンタのチャンネルを応援する時の布石みたいな」
チャンネル自体の開設がまだだけど、出来たと同時くらいに宣伝してあげられるように。
康生は少し驚いた後、ニッコリと笑った。
「ちゃんと下絵は先生にお願いしたって、それとなくアンタの存在もほのめかしとくから」
「に、匂わせってヤツですか」
少し怯える康生。可愛いのでほっぺを撫でといた。
「前も言ったけど、基本アタシのチャンネルは女の子ばっかだから」
多分、彼氏バレしても「おめでとう」が大半なんじゃないかな。
「男もゼロじゃないかも知れんが、まあドル売りしてないから大丈夫だろ」
千佳も横から援護してくれる。そういうもんですか? という顔をする康生にアタシも頷く。実際ああいうのって、裏切られたって気持ちが一番火をつける原因だと思うんよ。アタシの場合、男に媚びるような態度も発言もしたことないし。むしろ鬱陶しがってるのは透けてるだろうしな。
「もういっそ、アンタらの婚約記者会見みたいな感じで、馴れ初めから告白まで大公開したら? 絶対ウケると思うぜ?」
「い!?」
康生が変な声を出す。モノづくりチャンネルのつもりが、いきなり芸能人まがいのプライベート暴露となれば、そりゃビビるよね。流石にアタシもちょっとハズいし。
「まあ、将来を誓い合った仲の人だよ~、くらいの軽い紹介はするかもだけど、全部まるっと赤裸々にとかはないから。安心して」
「軽くないですよ、それ……」
ん? あれ? そう?
困り顔の康生にアタシは首を傾げるのだった。
作り始めると、ちぎり絵はすごく楽しかった。間違いなく自分がちぎり取った紙が素材になって、一つの絵を完成に向かわせていく。そこに達成感を覚える。
黒鉛筆の下絵はあるけど、本当に最低限に留めてるし、何より色の配置はアタシが自分でやらないといけないから、やり応えもある。そう考えると良い塩梅の補助だな。流石はアタシのカレシ。
「ジグソーパズルとも少し違うんだけど……」
千佳が呟く。真剣な表情で、田んぼの畦道のラインを作りながら、顔も上げないまま。
「ピースを自分で作る感覚ですよね。失敗したと思っても、それが予想外の味になったり」
康生が引き継ぐ。こっちも顔を上げないままで、手元は光沢を抑えた金の折り紙を切り抜いている。アレで極小の六文銭を作るんだろう。流石に作ってるモンの難易度がちげえ。けど……難易度以外は何の差もないって話でもある。みんなで思い思いに好きな物を、ばらばらに作ってる。なのに、何とも言えない連帯感みたいなのを、3人とも共有してる気がする。
今度は3人(いや雛乃も引っ張って来て4人だな)で一つの大きな絵を作ってみるのも面白いかも。
そんなことを考えていたハズだけど、作業に没頭するうち、いつの間にか忘れてしまった。
誰も何も喋らず、そのことすら意識の外で。そんな時間がどれくらい続いたんだろう。やがて、ピピピという電子音に意識を搔き乱された。
「……お、おお。もう時間か」
千佳が寝起きみたいな反応をする。瞬時には、このタイマーがなんで鳴ってるのか理解できてない感じ。アタシも多分、人のこと言えない状態だったろうけど。康生がアタシたちを見て少し笑っているのがその証拠だ。
「お昼にしましょうか」
康生の言葉に空腹を意識する。スマホの撮影を止めて、時刻表示を見ると12時ジャストだった。
階下に降りると、春さんも起きてて(朝来た時はまだ寝てた)、テレビを漫然と見ていた。高校野球か。ちょうど打者が長打を放ったみたいで、現地の歓声が聞こえてくる。
『三塁打か!? いや、三塁も回る! 中継からボールが戻って来て……ホーム、クロスプレー! これは……アウトだー!!』
康生の肩がビクッと跳ねたのを見て、必死に笑いを噛み殺した。千佳もニヤニヤしてる。トラウマばっかだからな、うちのカレシは。
「あ、おはよう。いや、もう昼か。寝すぎて頭だるい」
春さん、夏休みを贅沢に使ってるみたいだ。
アタシたちも挨拶を返して、テーブルに着く。康生だけ台所へ。あ、いやアタシも手伝おうかな。
「何か出来ることある?」
「あ、うん。じゃあ卵割ってボウルに溶いておいて下さい」
康生、時々だけどタメ語が混じるようになってきたんだよね。ちょっと嬉しい。
アタシは小さく笑みを浮かべながら、調理補助を始めるのだった。