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137/225

137:陰キャがスイカ味だった

 <星架サイド>



 翌朝。目が覚めると、いつの間にかレインの通話は切れていた。寝落ちしたアタシの様子から、康生が切ったのかな。レイン、たまにブツっと謎なタイミングで切れたりするし、それかも知れないけど。


 取り留めのない話をした。夏休みの宿題のこと、千佳がスイーツを献上せよと宣っていること、雛乃が2キロ太ったこと、ママが所属してる派遣会社がテキトーすぎること、今年の猛暑のこと。エトセトラ、エトセトラ。


 話す内容は何でも良かったんだと思う。ただアタシの下らない話に笑ってくれる声が愛おしくて、落ち着いた低い声で返ってくる相槌に心が凪いで。そんな時間を終わらせたくなくて、ずっと喋ってた。

 つまり、声や話し方まで好きなんだな、アタシ。もう結婚するしかないよ、これ。


「……よし」


 今日は康生がウチに来てくれる。いつも星架さんに来てもらってばかりじゃ悪いですから、とのこと。つまり、それまでに完璧にしておかないと。服もメイクも。そんなに気合入れなくても嫌いにならないよ、って言ってくれたけど、やっぱ告白の次の日くらいはさ。 


 ノースリーブのサマーニットに、花柄のロングスカート。ちょっと清楚系コーデ。ルージュは敢えて昨晩と同じアプリコットを引いた。色で思い出してドキドキしてくれるかも。てかまたキスしてくれるかも。そんな目論見もある。


 やがて10時前になって、インターホンが鳴る。画面を確認すると、ハンカチで額の汗をチョンチョンと拭いてる康生が映っていた。営業マンみたいな仕草だな。


「おはよー。いま開けるよ」


「お願いします」


 解錠ボタンを押して、自動ドアを開ける。

 3分くらい待ってると、康生が上がってきた。顔から湯気が出そうなほどに茹ってる。ちょっと涼しくなったら、外デートもワンチャンとか思ってたけど、今年の夏はノーチャンか、これ。


 リビングに通す。先にエアコンを入れておいたから、だいぶ冷えてる。アゴを突きあげて、両手を広げる康生。大体みんなこのポーズするよね。


「しばらく涼んでて良いよ。スイカあるから切るわ」


「あ、お構いなく」


 恋人同士なのに、つい紋切り型の受け答えをする康生が、少し可笑しい。


 冷蔵庫で冷やしておいた8分の1カットのスイカを更に半分に切る。皮の部分が硬くて、グッと体重を乗せるようにして切断した。皿に乗っけて、スイカ用の先割れスプーンを添えて、ほい完成。


「わあ、ありがとうございます」


 瑞々しい赤い果肉を見て、康生の目が輝く。スイカは水分補給にも良いらしいんだよね。あのカレーを振舞った日から、割と料理や食べ物にも興味が湧いてきて、暇なときにスマホで色々見てたりする。


「僕もお土産があるんです」


 康生も大きな紙袋を持ってた。なんとなく、そうなんじゃないかと思ってたけど、やっぱりお土産だったみたいね。


「なんか悪いね」


「いえいえ。むしろこっちが申し訳なくて」


「なんでさ。申し訳なくなる要素ないっしょ」


 変なこと言う子だなあ。


「いや……スイカなんです、中身」


「スイカかよ」


 康生が袋から中身を取り出すと、そっくりそのまま8分の1カットのスイカだった。


「スイカ出して、スイカ貰ってたら、永久機関じゃん」


「無限八百屋編スタートですね」


 いやだなあ、怖いなあ。


「てか、恋人になった次の日にする会話がこれ?」


「まあ僕たちらしいじゃないですか。それに昨夜の電話も、こんな感じでしたし」


「それはそうなんだけどさ……なんか昨日のが夢だったんじゃないか、とか」


「え?」


 康生はキョトンとして、そしてすぐにクスクスと笑い始めた。


「む。笑うことないじゃんか」


「すいません。でも、僕と同じこと考えてたんだなって」


「え? 康生も?」


「ほっぺた抓ってみたりしました」


「うわ、ベタ」


 アタシもフッと笑ってしまう。康生も同じだと知って、だいぶ心が軽くなった。


「じゃあさ。現実だって……紛れもなくアタシら付き合ってるって、証明しよっか」


 そう言って、アタシはスイカを放置して、康生の隣に座った。少し上目に見る。座高も少しだけ康生の方が高い。


「……今すると、スイカ味かも」


 そんなことを言いながら、康生は口の周りをさっきのハンカチで軽く拭いて、そっとアタシの肩に手を置いた。ゆっくりと顔を傾けて、受け入れ態勢で待ってると、やがてバードキスのように短く唇を当てられた。


「……夢じゃない。僕、星架さんにキスするのが当たり前の関係になったんですね」


「うん……夢じゃない」


 確かな唇の感触、スイカの甘み。

 ムードはないけど、これで良い。一緒に居て、ふと可愛いなとか、好きだなって思った時に、気軽にチュッて出来るのが嬉しいから。


 恥ずかしさに顔をパタパタ手で扇ぐ康生を見ながら、そんな日々を思い描いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] スイカ食べた覚えはないのに、口の中がなんか甘いです…
[一言] 尊い。 男子校だったのを今更悔やんでいます…
[一言] こ…これは………。 甘い!糖度の高いスイカより甘い! 早くいやらしい空気になって、大人になろうぜ!
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