137:陰キャがスイカ味だった
<星架サイド>
翌朝。目が覚めると、いつの間にかレインの通話は切れていた。寝落ちしたアタシの様子から、康生が切ったのかな。レイン、たまにブツっと謎なタイミングで切れたりするし、それかも知れないけど。
取り留めのない話をした。夏休みの宿題のこと、千佳がスイーツを献上せよと宣っていること、雛乃が2キロ太ったこと、ママが所属してる派遣会社がテキトーすぎること、今年の猛暑のこと。エトセトラ、エトセトラ。
話す内容は何でも良かったんだと思う。ただアタシの下らない話に笑ってくれる声が愛おしくて、落ち着いた低い声で返ってくる相槌に心が凪いで。そんな時間を終わらせたくなくて、ずっと喋ってた。
つまり、声や話し方まで好きなんだな、アタシ。もう結婚するしかないよ、これ。
「……よし」
今日は康生がウチに来てくれる。いつも星架さんに来てもらってばかりじゃ悪いですから、とのこと。つまり、それまでに完璧にしておかないと。服もメイクも。そんなに気合入れなくても嫌いにならないよ、って言ってくれたけど、やっぱ告白の次の日くらいはさ。
ノースリーブのサマーニットに、花柄のロングスカート。ちょっと清楚系コーデ。ルージュは敢えて昨晩と同じアプリコットを引いた。色で思い出してドキドキしてくれるかも。てかまたキスしてくれるかも。そんな目論見もある。
やがて10時前になって、インターホンが鳴る。画面を確認すると、ハンカチで額の汗をチョンチョンと拭いてる康生が映っていた。営業マンみたいな仕草だな。
「おはよー。いま開けるよ」
「お願いします」
解錠ボタンを押して、自動ドアを開ける。
3分くらい待ってると、康生が上がってきた。顔から湯気が出そうなほどに茹ってる。ちょっと涼しくなったら、外デートもワンチャンとか思ってたけど、今年の夏はノーチャンか、これ。
リビングに通す。先にエアコンを入れておいたから、だいぶ冷えてる。アゴを突きあげて、両手を広げる康生。大体みんなこのポーズするよね。
「しばらく涼んでて良いよ。スイカあるから切るわ」
「あ、お構いなく」
恋人同士なのに、つい紋切り型の受け答えをする康生が、少し可笑しい。
冷蔵庫で冷やしておいた8分の1カットのスイカを更に半分に切る。皮の部分が硬くて、グッと体重を乗せるようにして切断した。皿に乗っけて、スイカ用の先割れスプーンを添えて、ほい完成。
「わあ、ありがとうございます」
瑞々しい赤い果肉を見て、康生の目が輝く。スイカは水分補給にも良いらしいんだよね。あのカレーを振舞った日から、割と料理や食べ物にも興味が湧いてきて、暇なときにスマホで色々見てたりする。
「僕もお土産があるんです」
康生も大きな紙袋を持ってた。なんとなく、そうなんじゃないかと思ってたけど、やっぱりお土産だったみたいね。
「なんか悪いね」
「いえいえ。むしろこっちが申し訳なくて」
「なんでさ。申し訳なくなる要素ないっしょ」
変なこと言う子だなあ。
「いや……スイカなんです、中身」
「スイカかよ」
康生が袋から中身を取り出すと、そっくりそのまま8分の1カットのスイカだった。
「スイカ出して、スイカ貰ってたら、永久機関じゃん」
「無限八百屋編スタートですね」
いやだなあ、怖いなあ。
「てか、恋人になった次の日にする会話がこれ?」
「まあ僕たちらしいじゃないですか。それに昨夜の電話も、こんな感じでしたし」
「それはそうなんだけどさ……なんか昨日のが夢だったんじゃないか、とか」
「え?」
康生はキョトンとして、そしてすぐにクスクスと笑い始めた。
「む。笑うことないじゃんか」
「すいません。でも、僕と同じこと考えてたんだなって」
「え? 康生も?」
「ほっぺた抓ってみたりしました」
「うわ、ベタ」
アタシもフッと笑ってしまう。康生も同じだと知って、だいぶ心が軽くなった。
「じゃあさ。現実だって……紛れもなくアタシら付き合ってるって、証明しよっか」
そう言って、アタシはスイカを放置して、康生の隣に座った。少し上目に見る。座高も少しだけ康生の方が高い。
「……今すると、スイカ味かも」
そんなことを言いながら、康生は口の周りをさっきのハンカチで軽く拭いて、そっとアタシの肩に手を置いた。ゆっくりと顔を傾けて、受け入れ態勢で待ってると、やがてバードキスのように短く唇を当てられた。
「……夢じゃない。僕、星架さんにキスするのが当たり前の関係になったんですね」
「うん……夢じゃない」
確かな唇の感触、スイカの甘み。
ムードはないけど、これで良い。一緒に居て、ふと可愛いなとか、好きだなって思った時に、気軽にチュッて出来るのが嬉しいから。
恥ずかしさに顔をパタパタ手で扇ぐ康生を見ながら、そんな日々を思い描いた。