136:ギャルとの進展がバレた
自転車をとばして、何とか門限の2分前に家に着いた。ドアの開閉音を聞きつけ、すぐに母さんと姉さんがリビングから出て来た。ホッとした表情をしてる。やっぱりまだ4日前の失踪が、尾を引いてるんだ。
「ただいま。ギリギリになってゴメン」
「ううん。星架ちゃんの安全の為だもの」
母さん、あれ以来すっかり星架さんのこと気に入ったみたいで、この4日間も「遊びに来ないの?」とうるさくて、最終的に4日後の花火大会に誘ってると口を割らされたんだよね。
「ちゃんとマンションまで送って来た?」
「うん」
僕は靴を脱ぎながら返事をした。浴室の方から風呂椅子を動かすズズズという音が響いてくる。父さんはお風呂に入ってるみたいだ。僕も後で入らせてもらおう。汗と涙でグズグズだし。
「ねえ、康生」
姉さんが心配げな表情を引っ込め、からかうようなトーンで声をかけてくる。イヤな予感しかしない。
「星架ちゃんとのデート、どうだったの?」
やっぱりか。まあ気になるのは分かるけど。
「……うん。楽しかったよ」
無難に当たり障りなく。いつかは星架さんとの関係が進んだこと、報告することになるんだろうけど、今はまだ余韻に浸っていたい。
「唇、ルージュついてるよ?」
浸って……ええええええ!?
「う、うそ! 色落ちしにくいヤツつけてるって言ってたのに!」
僕は慌てて靴箱の上の壁に掛かった鏡を覗き込む。そこにはいつも通りの僕の唇。どこかに彼女のアプリコット色のルージュがついているってことは……なかった。
「……」
「康生、マジ?」
「康生……星架ちゃんと?」
う、うわあああ。迂闊。間抜け。以前のほっぺの時、やらかしてた分、敏感になりすぎた。最悪、色がついてても、星架さんが飲んだ後のペットボトルを僕も回し飲みしたとか、苦しくても誤魔化しようはあったのに。こんだけ全力で狼狽してしまったら、もう。
「そっか。うん。良かったね。あたしも星架ちゃんなら安心」
「そうね。星架ちゃんなら安心。お母さんも実はそうなれば良いなあって思ってたし」
あれ? 意外にも二人とも冷静。もっとキャーキャー言うかなって思ってたのに。
「ん? ああ。もっと驚くと思った?」
「うん」
「いやまあ、星架ちゃんの方がゾッコンなのは傍目にも分かってたからさ。あとはアンタがいつ自分の気持ちに気付くかっていう、そんな段階だったからね」
え? そ、そうなの? 周りから見たら、僕の方も無意識下では星架さんのこと好きなんだろうって分かるレベルの言動だったのか。い、いや。もちろん親友としては大好きだったけど……
「そうね。あの康生が学校行くの楽しそうにしてるのなんて、もう。好きな子が引っ張ってくれるからに決まってるじゃない……」
少し涙ぐみそうな母さん。
「本当にあの学校に星架ちゃんが居てくれて良かった。康生のこと見つけて気にかけてくれて……」
それは僕も心の底から思う。なんて幸運なんだろうって。一生分の運を使い果たしたって言われても、納得してしまいそうだ。
「康生、何はともあれ、おめでとう」
「おめでとう。大事にしてあげるんだよ? あんな良い子、もう絶対捕まえられないからね?」
「うん。ありがとう。分かってる」
重々、分かってる。
それから少し沈黙が流れて、二人の優しげな視線が、とても気恥ずかしかった。僕は間がもたなくて、
「お風呂、父さんの次に入らせてもらうね」
と少し強引に切り上げて、二階へ避難する。
「ふふ。明日はお赤飯かなあ?」
階段に足を掛けた時、母さんのそんな言葉が聞こえてきて、恥ずかしさはピークに達した。
お風呂から上がって、しばらくボンヤリと虚空を見つめていた。なんか、何もやる気がしない。花火デート、告白、大号泣、そしてキス。明らかに僕のキャパシティを超えている。今日はもう活動限界なんだろう。て言うか。
「夢じゃないよね」
あれだけ気持ちを確かめ合ったのに、ふとすると、現実感を見失ってしまう。あんなに綺麗で素敵な人とお付き合いできるなんて、全くもって僕の人生設計には無かった展開だ。4月の僕に言っても、とてもじゃないけど信じないだろう。
ベタだけど頬を引っ張ってみる。星架さんがモチモチだと嬉しそうに触ってくれる頬。指が食い込んで痛い。夢じゃ……ない。
「うわ!」
スマホが机の上で震える、ヴーヴーという振動音に本気でビックリした。ドキドキする心臓を押さえ、ベッドから立ち上がり、慌てて飛びつく。相手なんて確認するまでもないから。
「もしもし、康生?」
「はい」
「今……何してた?」
「えっと。何も」
正確には何も手につきそうにないから、何もしてなかった、かな。
「……あはは。アタシも」
星架さんの鼻から漏れた笑い声。ついさっきのキスの合間の鼻息を思い出してしまって、胸の奥がカッと熱くなる。
「……なんかまたキスしたくなっちゃった」
「え?」
「耳元で康生の声聞いてたらさ」
そっか。僕が思い出してたように、星架さんも。
「キスは出来ないですけど」
「うん……」
「寝るまで、電話繋いでましょうか」
「え?」
幸い、レインの無料通話だ。
「ダメ、ですか?」
「ううん。良いかも。ふふ」
星架さんが笑うから、また耳が幸せになって、僕も笑った。