134:ギャルの覚悟を知った
星架さんを送ってから帰る旨を母さんにレインしたら、特別に9時半まで門限を延ばしてもらえた。
なので、今はゆっくりとマンションまでの道を、自転車を押して歩いている。
「……なんかさ、多分アタシらってかなり変わった告白になったよね」
「そう……ですね。僕は当確の状態で告白……いや、あれは告白の返事になるんでしょうか」
「どうなんだろう。アタシのは、ほら、感極まった流れの中でって言うか。男女の甘酸っぱい告白って言うより、なんか絶対の味方だって示すような」
星架さんも上手く言語化できないようで、もどかしそうに頭を振った。
「それで僕は、すごくすごく救われましたけどね」
けど確かに普通の、創作物とかで見る告白とは毛色が違ったかな。
「それに、その、キスもしようとしてくれてたんで、いわゆる家族愛的なのとは違うって分かりましたよ」
「う、うああ。あれも暴走だよなあ」
星架さんは感情の先行をネガティブに捉える節があるけど、それで救われるものもあると言うか。感情の見えないまま、悪意だけが潜む伏魔殿より何百倍も良いって、僕は知ってるし。
けどまあ。
「キスは今日で良かったですかね」
「ん? なんで?」
「やっぱりファーストキスはキチンと気持ちを伝え合ってからの方が。僕も星架さんも人生で初めての思い出……ですよね?」
言いながら、少し不安が湧いて思わず訊ねてしまう。
「当たり前だっつの。あんな頭突きするヤツが経験者に見えんの?」
少しムッとした顔。僕は「ごめんなさい」と謝る。
「でもだったら、やっぱりあんな弱った僕を守るみたいな場面じゃなくて……ああでも、公園ってのもムードが無かったかな。もっと素敵な」
言いかけた所で、星架さんの笑い声が聞こえた。ははは、と顎を上げて笑っている。
「え? なんで笑うんですか?」
僕の困惑気味の質問に星架さんは、
「いやあ、男の子の方が実はロマンチストってのは本当なんだなって」
なんて答えになってるのか、なってないのか分からないことを言った。
「……逆の立場になって考えてみ? アタシがどうしようもなく苦しんで藻掻いてる時に、アンタのキスで少しでも安らぎを得られるって言われたら、それで実際したとして、アンタ、後悔する?」
「まさか!」
僕のファーストキスくらいで星架さんの心に寄り添えるなら、何の後悔があろうか。
……あ。
「そういうこと。アタシとしては、大好きな男の子が苦しんでる時に、絶対に裏切らない味方だよって示す手段、その為にファーストキスを捧げたって何らの後悔もなかったんよ」
対向車線から走ってくる車のヘッドライトが、星架さんの横顔を照らした。穏やかな笑みの中に、強い覚悟が見えた。愛してる、って言葉は伊達や酔狂じゃ咄嗟に出てこない。あの時、本当にこの人は丸ごとくれてでも、僕を支える気でいてくれたんだ。
「あとさ。今日の公園でのキスだって十分すぎるくらい素敵だったよ。アタシらの思い出の場所だし、人は全然来なくて二人きりの世界だったし」
星架さんは穏やかな笑みのまま、僕を流し目で見る。
「……例え100万ドルの夜景を見ながらでも、無理な人とだったら無理だし。どこでとか、シチュエーションとか、それよりも誰とするかってのが大事なんだから、そこはもっと自信持ちなよ」
「は、はい」
自信、か。
「自慢じゃないけど、アタシはモテるんだよ? そのアタシが他の男には目もくれず、アンタだけ追っかけてきたんだ。そんくらいアンタは魅力的な男の子なんだよ」
「そう、ですかね? 容姿は普通だし、お金は少し持ってますけど、面白い事も言えないし」
「いや、最後のはマジで自信持てよ。たぶん、ウチの学校で一番面白いぞ、アンタ」
そんなことはないと思うけど。
「とにかく、アタシはアンタじゃなきゃイヤだから。逆に言うと、相手がアンタなら、少々ムードが違くても、イヤじゃない。だからさ、あんまりムードとかシチュとか考え過ぎなくても大丈夫だよ。むしろそんな考えすぎてキスしてくんなくなる方がイヤ」
「そ、そういうモノですか」
「うん。毎日30回くらいしたい。そんなんイチイチ、ムードとか作ってらんないっしょ?」
「さ、30回」
多い。
「大事にしてくれるのは超嬉しいけど、同じくらい気軽に触れて欲しい。体だけじゃなく、心もだよ?」
心で触れ合う。ちょっと観念的すぎて、考えてしまう。
「とりあえず……その敬語」
「え?」
「どうにかしてみよっか?」
「う。なんかもう慣れちゃったというか」
「なに言ってんの、ほら。星架って呼び捨てにしてみ?」
「いや、なんか」
星架さんは星架さんって言うか。
「……」
ジーッと見られてる。カラカラと回る自転車の車輪の音。
これは……言うまで許してくれそうにない。
「……せ、星架」
「……っ」
「言わせといて照れないで下さいよ」
結局、おいおいタメ語に慣れていく、という形で了承をもらった。