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133/225

133:陰キャと初めての……

 <星架サイド>



 4日前、こうしたかった。想いの丈を全部ぶつけて、キスしたかった。その熱を4日も熟成させたんだ。もう待てそうにない。アタシは瞳を閉じて、康生に向かってそっとアゴを上げた。暗闇の中、アタシの頬に彼の手があてがわれる。少し硬い指の腹。この手でさっきのジオラマを作ってくれたんだね。


「星架さん」


 最後に名前を呼ばれて……唇に温かくて柔らかい物がピタリと重なる。アタシはつい目を開けてしまった。康生も薄目を開けていた。目が合う。茶色い虹彩と黒い瞳孔。意外にキッチリ手入れされてる眉。頬に当たってくる鷲鼻。アタシの失敗を教訓に、少しだけ顔を斜めにしてるみたい。モチモチの頬を触りたくなって、アタシも彼の顔に手を添えた。相変わらずやわらかい。


 目に映るもの、触れるもの、全てが康生だけ。世界が全部、彼だけになってる。愛しいアタシの康生。


 やがて彼の唇が、アタシのそこから離れる。途端に顔が涼しく感じられた。斜めに見上げていた瞳は、そのまま夜空の月を見つけた。真ん丸の満月。


「……すご、かったです」


 康生が呆然と言った。今日は色落ちしにくいルージュをつけてきたから、康生の唇にはキスの痕跡は残らず、けどアタシの都合のいい妄想や幻の類じゃない。感触が確かに残ってるから。


「……うん。なんか康生に食べられちゃうかと思った」


「え?」


「世界が全部アンタで埋め尽くされたみたいって言うか」


「それは……なんか分かります。僕も星架さん以外、何も分からなくなってました」


「そうそう。ここが外ってことも忘れちゃってた」


 よく屋外でイチャついてるカップル見て、どんだけ周り見えてねえんだよ、とか思ってたけど。なるほどな。そうなるわ、これ。気持ち良すぎて、幸せすぎるもん。


 途端に康生は周りを見渡す。木の枝に止まってセミが寝ているだけで、人の気配すらなかった。


「大丈夫ですかね、この公園」


「利用者ゼロで取り壊し、とか? それは困る。アタシらの思い出つまりすぎてるし」


 二人とも少し関係ない話をしないと心臓がもちそうになかった。


 そうですね、と生返事をした後、康生は二人で飲むライチジュースのペットボトルをグッと呷った。緊張で喉が渇いたんだろう。けどアタシは……なんだかモヤっとする。アタシとのキスが、ジュースで流れちゃう。


「ね」


 飲み終わった辺りで、アタシはグッと身を乗り出して、康生の顔に自分の顔を近づけた。まだ鼓動は落ち着いてないけど、欲求に逆らえない。


「アタシからもキス……してみたい。前のは下手糞すぎて頭突きに近かったし」


 康生は少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らして、もう一度戻って来てアタシを見て、コクンと頷いた。


 アタシは顔を少しだけ傾けて、鳥が啄むように彼の唇をチュッと吸った。あ、これ、やばい。完全に虜になるヤツだ。と自覚しながらも、全く止められず、2度、3度と彼の唇にアタックを仕掛けてしまう。プルプルでフニフニで、ライチの味がする。


 ふうふうと荒くなる鼻息。もっともっと、と夢中で唇を重ね、擦り合わせるように動かして……


「ふぇ、ふぇーかふぁん。ひょっと」


 息が苦しくなったらしい康生がアタシの肩をそっと押す。いかん、がっつきすぎた。


「はあ、はあ。また、出来ますから」


 なだめるような康生の言葉に、アタシはハッとする。


「そ、そっか。アタシ、康生と付き合えたんだよね? 明日もカノジョだよね?」


「なにを今更。むしろ明日になってカノジョじゃないとか言われたら、僕の方がショックで倒れますよ」


「そ、それはそうなんだけど……片想い期間が長かったからさ。どうもすぐに信じられなくて。でも、そっか。そうだよね。アタシと康生、両想いになれたんだよね」


「はい」


 アタシはもう一度しつこく確認してしまう。てか明日も確認してしまいそう。言葉で聞いて、唇で確かめて。それでもなお、夢みたいなんだ。


「康生、アタシのこと好き?」


「はい」


「大好き?」


「はい」


「はいじゃなくて、好きって言って」


「……す、好きです。大好きです」


「んふふ~」


 変な笑いが出てしまって、照れ隠しに、康生の肩に頬をつけて顔を隠してしまう。ゴツゴツしてて、でもあったかい。


「あんまり言わせないで下さい。恥ずかしいんですから」


「さっき、あんなに情熱的に告ってくれたのに、それこそ今更じゃん」


「……今、冷静になると顔から火が出そうなんですよ、あれも」


 康生は手でパタパタと自分の顔を扇いでる。


「鼻の頭テカリンピックに出てたら優勝してたな、これ」


 独り言みたいに言うその内容に、「あ」と気付く。忘れてた。クソ気になってたのに。


「ね、ねえ、その鼻の」


「ああ!!」


「うわあ!! な、なに?」


 いきなりの大声に、心臓が止まるかと思った。康生は慌てた様子でスマホを確認する。


「8時40分……僕、9時で門限切られてるんです。4日前に失踪騒ぎ起こしたばっかりだから」


「あ、ああ。なるほど」


 家族としては当然の対応だ。


「……星架さん」


 申し訳なさそうな康生に、


「うん。今日はここまでだね」

 

 アタシの方からそう言ってあげた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人がついにここまできたんですねぇ もうニヤニヤが止まらないのと今までの星架さんの苦労を思えば・・・ と思っていたら猛禽類の様に星架さんが変化しかかってたw [気になる点] テカリンピック…
[一言] 今は2人にただ「おめでとう、よかったね!」と言ってあげたいです そして、これから読者への糖分ドバドバ供給される新章期待してます
[一言] 遂に! いやー青春だなぁ。 気恥ずかしくて一度に読めなかった。
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