132:二人はもう離れない
<星架サイド>
「これを作ってる間、ずっと星架さんのこと考えてました。会いたくて、会いたくて、仕方なかったです。いっそマンションの近くまで行こうかと何度も思いました。一目でも姿が見られないかなって」
「康生……」
「でも我慢しました。この快気祝いを作って、渡して、それからじゃないと想いを完全に伝えられない気がして」
康生はそこでアタシの目をもう一度、正面から見て。
「8年前に会えたのも、元気になってまた会いに来てくれたのも、どう感謝を伝えればいいか分からないほどに……僕の人生における最大の幸福だって思ってます」
アタシはもう目の前が滲んで、彼の顔が見えにくくなってる。
「出会ってくれてありがとう。病気を治して、また会いに来てくれてありがとう。毎朝迎えに来てくれてありがとう。沢山話してくれてありがとう。僕の作るモノに価値を見出してくれてありがとう」
アタシこそありがとう。全部、全部。
「僕のために怒ってくれてありがとう。お見舞いに来てくれてありがとう。デートに誘ってくれてありがとう。友達だって言えるまで待ってくれてありがとう」
康生……康生……康生。
「間接キスも、ほっぺのキスも、勇気を出してくれてありがとう。悩みを教えてくれてありがとう。頼ってくれてありがとう。僕を救ってくれて……本当にありがとう」
「康生……!」
胸が潰れてしまいそうだ。いつの間にか頬を幾筋も涙が伝っていた。
康生が大きく息を吸い込んだ。あの真剣な、吸い込まれるような瞳。8年前に、3カ月前に、憧れたその瞳が今、まっすぐアタシを捉えて。
「僕は、沓澤康生は……溝口星架さんのことが大好きです」
「ああ……!」
言ってくれた。ずっと聞きたかった言葉。ずっと夢見た言葉。
「僕と付き合ってください!」
最後にグッと体を引き寄せられて、痛いくらいに抱き締められながら。
アタシも本当は沢山話したいのに、息が苦しすぎて2文字くらいしか言えそうにない。だから、彼の肩に頬を寄せながら、
「はい」
と返した。短いけど、万感の思いと、将来への覚悟を込めたつもりだ。
それからアタシたちはワケが分からないくらい、二人でワンワン泣いてしまった。互いに固く抱き合ったまま。
<康生サイド>
星架さんが軽く化粧を整えて、こっちに向き直る。泣き濡れても綺麗だ。改めてこうしていると、僕はよくも今までこんなに綺麗な人を前に、平然としていられたモンだと感心してしまう。
「ねえ、康生」
「はい?」
「いつからアタシのこと、好きになってくれてたの?」
「……正直、分かんないです。自覚したのは、4日前のあの出来事ですけど」
思えばあれも、この場所でのことだ。本当、この公園には足を向けて寝られないな。
「むう。アタシなんか8年前からだよ?」
「……そうだったら良いなって思ったことはありましたけど、やっぱり初恋の相手が、僕ってことですか?」
「……悪いかよ」
ちょっと悪態つくみたいな照れ隠しすら可愛いんだから僕はもうゾッコンだ。
「つか、アンタ、アタシに救われたって言うけど、アタシからすると昔とっくに救ってもらってたんだからな。4日前のアンタの気持ちを8年前に味わってるワケ」
そ、それは。中々にヘビーだ。
「こちとら年季が違うから。アンタは大好きかも知れんけど、アタシは、あ、愛してるから。け、結婚の花言葉持ってる花の柄、アンタの褒めてくれた白だし、大喜びで着て来ちゃうような女だから」
「可愛い。愛おしすぎます」
「……言っとくけどクソ重いからな? アンタと再会して初めて知ったけど、ヤンデレ気質もあるっぽいから、捨てても戻ってくるからな」
呪いの人形かな。
「別れるって言われても、縋りつくからな」
僕はギュッと星架さんを抱き締める。愛おしさで胸が破裂しそうだった。
「別れませんよ、絶対。ずっと傍に置いて大事にし続けます。星架さんが僕を想ってくれてるように、僕だって大好きなんですから」
「はあ? アタシの方が大好きだし。アンタのぬいぐるみ毎晩抱っこして寝てるし。アンタの好きなエメラルドグリーン、色々集めちゃってるし。髪だって染めたし」
やっぱメッシュは僕の為だったのか。
「暴走して迎えに来てくれた時とか嬉しすぎて泣いたし、また会えて良かったとか言われるから気持ちに蓋できんくなったし。近所のスーパーで駄弁ってるだけでアタシの中ではデートだったし、三塁打カッコよかったし、信長はライバルだし」
星架さんがまた泣きそうになってる。僕もつられそう。
「風邪ん時、萌え死ぬほど可愛かったし、中々友達って認めてくれなくて不安で寝れない日とかあったし」
「ごめんなさい」
「いい。いいよ」
グッと抱き返される。
「その分、認めてくれた時は部屋でずっと踊ってたし。竹屋の前で見つけた時、メッチャ嬉しかったし。その後のメイク教室も含めて、クッソ大事にしてくれてるなって思えたし」
「星架さん……」
「8年前にもう好きだったけど、再会してもっともっと大好きになって……だから、康生、お願い。アタシこれ以上の恋できない。これ以上好きな人には出会えない。だから」
星架さんが、もう言葉では伝えきれないのか、そっと目を閉じた。