131:陰キャの真心を受け取った
<星架サイド>
携帯が震えたから、画面を確認するとレインのメッセージが飛んできていた。『もうすぐ帰るよ』って、え!? ママからなんだけど……どうしよう。今日はママの帰りが遅い予定だったから、康生のお話はアタシの家で聞くことになってたのに。
やばい、どうしよう。胸の奥でドクドクと心臓が早鐘を打ち、冷や汗が噴き出す。最悪の想像が脳裏を駆け巡る。二人きりになれる場所が見つからなかったアタシたちは、告白の機を逸する。康生は意気消沈、少しずつ気まずくなり……やがてアタシが家に行っても留守のことが多くなって……
「ダメ、無理、死ぬ」
ここまで来て、そんなバッドエンド、絶対に容認できん。
だけどアタシは頭が真っ白になってて、上手い打開策が思い浮かばない。
と、康生が戻って来てしまった。すぐにアタシの様子に気付いて、駆け寄ってくる。小ぶりの段ボール箱を抱えているけど、それを一旦玄関口に置いて、
「どうしたんですか? なんかあったんですか?」
「あ、えっと」
「大丈夫ですから」
康生がアタシの手を握ってくれる。思いのほか力強くて、アタシは少しだけ安心して、それで冷静さを取り戻した。
「ママ、もう帰って来るって。それで、えっと」
康生は少し微笑んで、空いている方の手でアタシの頭を撫でてくれた。
「……公園、行ってみましょう」
優しい声音。アタシはコクンと頷いた。
段ボールを自転車の前カゴに押し込めると、その上にアタシのカバンを置いてくれた。そしてまた出発。とは言え、公園はすぐ近く。あっという間に到着した。
「良かった。誰も居ない」
いつ来ても誰も居ない。アタシたちだけの為に作られたんじゃないかって錯覚してしまうほど。
「東区民としては憂慮すべき人口減少だけど、今日に限ってはありがたいです」
「ふふ」
安心から気が抜ける。最悪のシナリオは回避できた。
康生がまた自販機でライチジュースを買って来てくれた。500mlだから、二人で分けて飲めば丁度いい。
すっかり馴染みのベンチに並んで腰掛けた。
「……ごめんね。涼しい所でお話したかったよね?」
「いえ。もうここまで汗かいてたら一緒です。それに」
「それに?」
「この公園、何かすごく縁があって、結局またここになったかって感じで」
「確かに」
二人、笑い合う。
一頻り笑顔を見せ合うと、だけどすぐに沈黙が降りた。康生の緊張が伝わる。手が震えてるのが見えた。アタシが何か声を掛けようとした時、すっくと突然立ち上がる。そして傍に止めた自転車のカゴから、例の段ボール箱を持ってベンチに戻って来た。
地面に置いて、足で挟むようにして、中から何かを引っ張り出してくる。どうもギュウギュウに緩衝材を詰めてるみたいだ。やがて、両手で抱えるようにして取り出したのは……
「それ……銀水晶の森」
クリアケースの中、地面と森、木々の間に疎らに生える銀色の水晶たち。ラメ(?)が入ってるからか、公園の街灯の光を受けてキラキラと輝いている物も幾つか。キレイだ。
幻想的な風景のそれを、康生がクルリと回す。反対側、そっちは開けた場所を再現しているみたいで、さながら森の中の広場といった様相だ。切株と小さな銀水晶が幾つかあるだけ。そしてそのど真ん中に、アタシが居た。水晶と同じ銀色の髪。黒いワンピースを着ている。あ、と気付いた。クルルちゃんの着てるのと同じデザインだ。
そして現在のアタシの姿をしたフィギュアは、片手で一人の少女を引っ張っている。これは……ん? あ、アタシか? これも。パジャマを着ていて、気弱そうな印象を受ける困惑気味の表情。
「病弱だったアタシを、成長したアタシが引っ張ってあげてる?」
「はい。星架さんは病気のハンデを克服して、そんなに強くなったんです。僕を救ってくれるほど。それは闘病の中で培った強さです」
康生はジオラマをベンチの上に置いて、よく見えるようにしてくれる。
「メイク教室の時、言葉では伝えたけど、まだ何か足りない気がして。星架さんの美しさは、生まれ持った才能だけじゃないんです。誰かを頼れる強さも、人の痛みに敏感な優しさも、全部、全部、ひっくるめた美なんです」
「康生……」
「子供たちは綺麗でカッコイイと言ってました。それは外見だけじゃなくて、内から滲み出る強さ、優しさを敏感に感じ取ったからだと思います。僕は、顔だけで何の中身もない人に、あれだけの人数を惹きつける物が出せるとは到底思えません。宮坂は容姿は優れてるけど、誰もついて行ってないじゃないですか。そうだ。あの体育祭の日の啖呵も頂けません。彼と同じだなんて有り得ないんですよ。どうして自分をそんなに過小評価してしまうのか」
「ちょ、ちょっと」
マシンガントーク。康生がこんなに喋ってるの初めて聞いたかも。
「僕の知る最高の女性が、自分の魅力に十分に気付いてないなんて」
「え?」
少し潮目が変わったのを感じる。康生がグッと拳を握るのが見えた。強い瞳で射抜かれる。工場に差し込む夕日の中で見たあの表情。ああ、いつの間にか康生のバックボーンであるモノづくりと同等の真剣さで見てもらえるようになってたんだ。一瞬、状況を忘れて、そんなことを思った。