130:ギャルと撤収した
「ちょっと顔怖いよ、康生?」
「すいません」
「アタシ、何かした?」
「あ! ち、違います!」
変な誤解をさせてしまった。短慮で星架さんの足を他人に見られてしまった上に、彼女を不安がらせるなんて。
星架さんに「見られてたよ」なんて伝えるのはイヤだったけど、黙ってて誤解を招いてしまうなら、話すしかない。
「その……肩車してる時、ちょっと星架さんの足が出てて……それを周りの男が」
「あ、ああ」
「ごめんなさい! 僕の考えが足りませんでした!」
「気にしすぎだって。言うて、制服のスカートのが余裕で足出てるし。正直、そういう視線イチイチ気にしてたら女はやってられんよ」
「……」
それでも。僕はイヤだった。
「妬いたの?」
「はい」
取り繕う暇も、そんな気もなかった。星架さんは満足げに笑って、
「帰ろっか」
なんて提案してきた。
「え、でも。まだ花火」
「良いよ、さっき康生のおかげで堪能できたし。撮ったの、二人で後で見よう?」
「……」
「また遅くなって帰宅ラッシュと被ると、今度こそ痴漢されちゃうかも」
カッと胸の奥が熱くなった。イヤだ。絶対イヤだ。
「帰りましょう」
「うん」
とても嬉しそうな星架さん。僕の腕を更に深く抱き込んで、歩みを速める。
「おっとと」
僕も遅れないようについていって、そうやって駅まで歩いた。まだ花火はバンバンと上がり続けていて、予定数の半分も消化していないような段階だろう。
駅舎に入る前、もう一度ふたりで振り返って、夜空に咲く大輪を目に焼き付けた。
「今年はこれで見納めだろうかんね」
「え? そうとも限らないんじゃ」
花火大会はまだまだある。少し足を伸ばせば……
「誰かさんが、独占欲メラメラだから」
「う」
「それにアタシもアンタの慎重癖が若干うつったかな? こういうウェーイで治安悪そうな場所は軽く尻込みする気持ちが芽生えるようになったっつーか」
それは……嬉しいような、申し訳ないような。
「……星架さん、美人だから危機管理しておくのは絶対良いと思います」
結局、僕は自分の独占欲に沿った答えを返していた。もちろん内容も嘘ではないけど。
「ふふ」
小さく笑った星架さんは、
「美人かあ。アンタから見て、どんくらい?」
悪戯っぽい笑みで、そんなことを聞いてきた。何度か容姿を褒めたことはあるけど、こんな質問されたのは初めてだ。
「……僕の人生で見てきた中で一番です」
嘘偽りのない本音。芸能人はそもそも興味が無いけど、きっと今テレビをつけても、星架さん以上にキレイだと思う女性は見つけられないだろう。少なくともその心根の美しさまで知ってる僕にとっては。
「さっきの花火より?」
「……それは綺麗の系統が違うような」
あ。ついマジレスしてしまった。星架さんが口を尖らせる。こういう所だなあ、僕は。
「き、綺麗です。花火なんかより、星架さんばっか観てました」
歯の浮くような台詞を言わされ続けてるし、言い続けてるのは分かってるんだけど、星架さんに嘘をつきたくなかった。
「まあ、ストライクは逃したけど、スペアってところかな」
言葉とは裏腹に嬉しそうに笑う星架さん。
「そろそろ電車来る。いこ?」
繋いだままの手を軽く振って、促される。オンボロのローカル線車両が遠くから走ってくるのが見えた。
沢見川に帰ってくると、なんだかホッとした。星架さんも同じみたいで、意味もなく深呼吸してホームタウンの空気で肺を満たしていた。
「自転車だよね?」
「はい」
二人で市営駐輪場に行って、僕の自転車を引っ張ってきた。駅前を歩いて抜け、しばらくするとニケツ。もうこの頃になると、僕たちの口数はかなり減っていた。
「……僕の家に少し寄って良いですか?」
「う、うん」
そんな会話を最後に、5分近く沈黙が流れた。僕のお腹に回された星架さんの手。たおやかなようで、僕を丸っと包んでしまう慈愛をたたえた手。さっき自転車に乗る時に離してしまったけど、再びこうして繋がれる喜び。でもそれは何もせずにいつまでも続くものじゃないんだ。ずっとこの先もこの手と触れ合っていたいなら……
「康生、過ぎたよ?」
「あ」
周囲を改めて見ると、僕の家に続く曲がり角を過ぎていた。軽く汗が出る。恥ずかしい。自分の家への道を間違えるなんて。
そんな風に思っていると、星架さんの手がお腹から胸の辺りに這い上がって来た。どこか官能的で、僕の心臓が跳ねる。
「メッチャ緊張してんじゃん。道間違えるとか」
その心臓の鼓動を掌で読み取った星架さんが、からかうように言ってくる。けど口調とは裏腹に、声は上擦っていた。彼女も似たようなものらしかった。
刻一刻と、その瞬間が迫っているのを、二人とも否応なしに意識している。
「あ、あはは。ちょ、ちょっと余裕なくて」
不格好だけど笑えた。
Uターンして、我が家へ。家の前で待っててもらって、僕は「ただいま」の挨拶もそこそこに、二階へと駆けあがり、例の快気祝いのジオラマを納めたクリアケースを持った。一度、祈るように額をつけた。
「頼むよ」
相変わらず臆病者の僕は、何かプレゼントと一緒じゃないと関係を進められないらしい。
けど、願掛けでも何でもいい。今日だけは。何としても勇気を振り絞らなくちゃならないんだ。