127:ギャルと屋台を巡った
やきそば、たこ焼き、フランクフルト。匂いだけで空腹が刺激される。僕がキョロキョロと出店を見比べていると、隣からクスクスと笑い声が聞こえた。
「もう……可愛いなあ」
「え?」
なぜ。僕は夕飯を探してるだけなのに。
「雛乃みたい」
「ええ!?」
それはちょっと。
「何も食べてこなかったんだ?」
「はい。やっぱ祭りに行くなら、出店の粉物とか食べたいじゃないですか」
「まあ確かに。アタシは軽くサンドウィッチつまんで来たけどね」
食べ過ぎないようにという節制かな。お金の面(お祭り価格だから高いし)から言っても、モデルとしての体型維持の観点から言っても、確かに屋台でドカ食いは好ましくないだろうし。
「あ、でも。たこやきは食べたいな。半分こしてくんない?」
「いいですよ」
星架さんが財布を出そうとするから、
「あ、僕が出します」
と断った。
「え? いいよ。アタシも半分食うんだから、お金も半分。明朗会計そのものじゃん」
星架さんが口を尖らせる。
「きょ、今日は僕から誘ったデートですから、その」
特別な日なんだ。甲斐性が男の価値っていうのも前時代的かも知れないけど、やっぱり見栄くらい張りたい。好きな女の子相手なら尚更。
「……わかった。ありがとう、ご馳走様だね」
星架さんも僕の心情を汲んでくれたみたいで、素直に引き下がってくれる。
「ありがとうございます」
「なんでアンタが礼言ってんの?」
笑われてしまう。けどやっぱり「ありがとう」なんだよね。甲斐性を見せたいってのも本当だけど、4日前のお礼も多分に含んでるから。心を救ってくれた返礼が粉物だけじゃ全然足りないけど。
12個入りを買って、近くの駐車場の縁石を椅子にさせてもらう。使い古しのタオルをカバンから取り出して、星架さんの座ろうとする縁石に敷いてあげると、「気が利くね」と微笑んでくれた。
たこやきに続いてやきそば、フランクフルトもペロリと平らげ(何だかんだ星架さんも割と食べていた)、お腹をさする。星架さんがすぐ近くの自販機でお茶を買って来てくれた。これくらいは出させて、と言ってくれるので素直にお礼を言って受け取る。カッコつけるにも、申し訳なさを感じさせちゃ本末転倒か。
「ふう。食った食った」
少しだけ足を伸ばした星架さん。軽い食休みかな。
「なんか、やっと普通になってきたよね」
「普通?」
「さっきまでのアタシら、ちょっと硬かったっしょ」
「あ、ああ。それは、まあ」
僕としてはこの後、人生の一大イベントが控えてるし。そう考えると、今こうして星架さんの言う「普通」に戻れてるのは不思議な感覚だ。
「やっぱアタシらは、こっちの方が良いよなあ」
「それは、はい。僕もそう思います」
「じゃあさ。取り敢えず今は、お祭り楽しもっか」
「そうですね」
本当に不思議だ。告白に対する緊張も、もちろん消えたワケではないのに。それとは別に、彼女と今を楽しまなきゃ損、みたいなポジティブな感覚も生まれている。
僕も少しずつ成長してるってこと……なのかなあ。それともやっぱり星架さんが相手だからかな。
「ほら、いこ? 輪投げあるよ、輪投げ」
星架さんが立ち上がって手を差し伸べてくる。見上げると、屋台のオレンジ電球の光に反射して、銀の髪がキラキラと光っていた。僕は少しだけ見惚れた。
<星架サイド>
不思議な気分だった。
アタシは4日前に「好き」すら飛び越えた想いを康生に告白した。今日もアイビーの花言葉を教えて、遠回しな告白をした。そしてきっとデートの終わりに、康生からも返事が返ってくる。
そんな大事な日。もっと余裕がなくて然るべきだし、以前のアタシなら日和って逃げてるか(肝心な所でチキンっていう千佳の評は割と正しい)、テンパって康生にグイグイ返事を迫ってたと思う。
アタシも少しずつ成長してる……んかねえ。それともやっぱ康生が相手だから?
こんなにアタシを大事にしてきてくれた康生が、今更アタシが一番傷つくことするワケないっていう絶大な信頼。康生の心に寄り添えたという自負もある。つまり……フラれるワケない。そう信じられる。
だから今を楽しめるんだと思う。
「あ~、惜しい。10投中6本だから、こっちのお菓子ね。好きなの選んで」
屋台のおじさんが康生に慰めの言葉をかけながら、脇の駄菓子コーナーを指さす。
背中を丸めて、ちっこいドーナツを選んでる康生を見てると、なんか胸が締め付けられる。
「おじさん。アタシもやるよ!」
「お、まいど。300万円ね」
300兆円払って、輪を受け取る。集中、集中。体育祭のバスケで無双したアタシなら、こんくらい余裕だ。
ちっこいドーナツを齧りながら不安げにアタシを見る康生。負けらんねえな。