124:陰キャの真心に応えて
<星架サイド>
あれから2日が経過した。あの後、待ち合わせ時間や場所を決めたのを最後に、二人の間にメッセージのやり取りはない。時々アタシのツイスタの投稿に康生のアカウント(最近作ったけど滅多に呟かない。ほぼ見る専門)からグッドがついたりするから、気にかけてはもらえてる。
別にどっちかが、当日まで接触を控えよう、とか言ったワケじゃない。けどお互い何を話して良いか分からんから、自然とそういう感じになったんだと思う。
てか今ヘタに会ったらアタシの方が告白しちゃいそうだし。それどころかキスしてしまうかも。
というワケで、自宅待機……のつもりだったんだけどな。
どうしても様子が気になって、駅前に行く用事の帰りに、ついあの曲がり角を右に折れてしまったんだ。何してんのかな、とか。また一人で沈んでないかな、とか。心配……は建前で、アタシ自身が寂しかったんだろうな。
けどチャイム鳴らして、ガチで遊びに来たってするつもりもなくて。帰りにフラッと立ち寄った体で。あわよくば一目、姿を見れないかなって。そんな中途半端な……ああ、思い出した。5月にストーキングした時の言い訳がましさだ。やってることも同じだし。
アタシは一人で苦笑してしまって。
家屋の傍まで来て、康生の部屋を仰ぎ見る。それで満足しようと思って。だけど、彼の部屋は電気も消えてるみたいで……ん? お出かけ中かな。残念。引き返そうと自転車を旋回させかけた所で。工場のシャッターが開きっぱなしなのに気付いた。
まさか、そんな。5月の焼き直しみたいな状況あるワケないよね。そう思いながらもアタシはそっと自転車を止め、扉の陰から中を覗き込んだ。
果たしてそこには……
デジャヴのように、あった。康生だけの世界。
真剣な眼差し。頭に巻いたタオルは汗で額に貼りついて。手先は一片の迷いもなく、ひたすらに動き続けている。
粘土? あ、たぶんフィギュアだ。誰かの依頼を請け負ったのか。或いは……明後日の、アタシへのプレゼント。自惚れるワケじゃないけど、いや自惚れか。後者だと思う。そうであって欲しい、というアタシの願望も含まれてるけど。
太陽の角度が変わったのか、雲が動いたのか。西側の窓から、工場内に夕日が差し込んだ。その光の中で、康生の頬を伝う汗がキラリと光った。
キレイ。康生だけの世界。5月のあの日と同じように、アタシを惹きつけてやまない。
無意識にカバンに手を伸ばして……ゆるゆると首を横に振った。盗撮なんかしなくたって、いつでも見せてもらえるくらいの仲になるんだ。まあ……今の時点で覗き犯なんだけどね。
結局、2分くらい堪能して、アタシは自転車にまたがった。最後まで康生は一度たりとも顔を上げなかった。テーブルに置いたスマホをたまに見ていたくらい。多分、資料かなんかだろうな。それ以外は本当に一心不乱に工具を操っていた。
これで良い。アタシは道を引き返しながら、不思議と胸の内の寂しさが消えているのに気付いた。
家に戻ると、ママもパートから帰って来ていた。
「荷物、届いてたよ」
リビングのテーブルに通販サイトのロゴが入った小箱が置かれていた。あ、良かった。日付指定はしてたから今日中に来るハズだったけど、午後になっても全然来なかったから痺れを切らして先に出掛けちゃったんだよね。
「……浴衣?」
「うん。お願いします」
箱を開け、中から浴衣を取り出す。浅めのブルーが綺麗で、そこに白い花が舞っている柄。
シャワーで汗を流してから、ママに着付けてもらう。子供の頃もやってもらってたから、慣れた手つきだった。アタシも今度教えてもらおう。
「ほい」
「ありがとう! ママ」
自分の部屋に引っこみ、姿見で確認。左右、袖も上げてみて。一回転、後ろもバッチリ。
「よし! よし、よし!」
誘われた日に、ソッコーで探し回って見つけた一着。康生が好きなエメラルドグリーンか、デートの時に褒めてくれたワンピの白。どっちかは入ってる物にしようと徘徊してる時に、不意に巡り合った。「これだ!」と思って、詳細を見ていくと、アイビーっていう花だと説明書きがあった。
花言葉を調べてみて……音速でポチッたよね。
「康生……」
5月の覗きの時は、ただカッコイイなってだけだった。けど今は、あの情熱の源には彼の優しさや誠実さがあることを知ってる。そしてそれは一度、下らない連中に曇らされ、けどそれでも、なお彼の胸の内で死ななかった芯でもある。尊敬する。人として。
アタシも準備万端で臨もう。
チートではない、ギフトだと言ってくれた容姿。胸を張って武器にして、更に磨きをかけて、康生が花火よりアタシに見惚れるくらいに仕上げてやる。
アタシは早速、この浴衣に一番合うメイクや髪飾りの選定を始めるのだった。